「キングダム」読むと痛感する日本企業2つの不足点 気鋭の経営学者、入山章栄・早大教授が分析

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『キングダム』の桓騎の場合、彼の根底にあるのは「すべてに対する怒り」とされています。おそらく、それに共鳴したり、桓騎のカリスマ性に引きつけられたりした反社会的なグループが彼の下に集結しているものの、価値観は統一されていません。

グーグルは「世界中の情報を整理し、誰でもアクセスでき、使えるようにすること」、アマゾンは「地球上で最も顧客を大切にする企業であること」をミッションとしています。同時に、両社は企業文化、そして従業員のカルチャーフィットをものすごく大事にしており、それを戦略的に作っている。

――アマゾンは大量採用、大量離職のイメージもありました。

ジェフ・ベゾス時代のアマゾン、とくに小売り部門は、今のイーロン・マスクに近い位置だったかもしれません。ただ、いずれにしても、創業者がほぼ経営から退いた現在はビジョン軸とバリュー軸が共に高い水準にある。そしてそのうえで、実は離職自体は問題にならない。カルチャーにフィットした人だけが残ればいいという発想です。

日本では、「従業員が辞めない=人を大切にする会社」と思われがちですが、それだと甘えた人しか残らない。本来大事なのは、会社のカルチャーに合っていて活躍できる人が残ること。これは日本企業が海外進出する際にも同様です。カルチャーが、うまく海外展開できるかどうか、優秀な現地スタッフを獲得できるかどうかの前提ということでもあります。

成功企業のビジョンやカルチャーを基にする手法も

アメリカで、例えばスタンフォード大学を卒業した、コンピューターサイエンスを専門とする新卒の社員を雇うなら、提示する年収は4000万円ほど。さらに苦労して採用しても、合わないと思ったらすぐ辞めてしまう。

僕が社外取締役をしている会社の例で恐縮ですが、今、海外展開を進めているベンチャー企業にKDDI傘下のIoTプラットフォーム、ソラコム(SORACOM)があります。実はソラコムでは、アメリカでもあまり人が辞めない。その理由を経営陣に聞いたところ、同社は創業者が3人ともAWS出身であるとのことでした。

つまりAWS仕込みのビジョンやカルチャーが社内に受け継がれていて、アメリカになじみやすい。すでに成功している企業のビジョンやカルチャーを基にするやり方もあるということです。

――国内事業と海外展開のどちらを考えても、今後はますますビジョンとカルチャーが重要になるのですね。

多くの日本企業は、社訓や企業理念、企業文化をないがしろにしすぎています。魅力的な理念に共感して入社しても、社内でそれが徹底されているかとなると疑問、というケースが多い。企業理念を、神棚に上げてまつるだけのものにしてしまっている。

考えてほしいのは、企業理念を社員一人ひとりが行動に落とし込めているかどうか。それができているかできていないかの差が、大きな違いを生みます。

『漫画「キングダム」(第1話)身の丈を超えた野望』はこちら

山本 舞衣 『週刊東洋経済』編集者

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やまもと まい / Mai Yamamoto

早稲田大学商学部卒、2008年東洋経済新報社に入社し、データ編集、書籍編集、書店営業・プロモーションを経て、2020年4月育休を終え『週刊東洋経済』編集部に。「経済学者が読み解く現代社会のリアル」や書評の編集などを担当。

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