「キングダム」読むと痛感する日本企業2つの不足点 気鋭の経営学者、入山章栄・早大教授が分析

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――1割が入れ替わるとなると、組織にとっては大きなインパクトです。

ええ。しかし、戦国時代的な状況で優秀な人に定着してもらうのは本当に難しい。ある程度の待遇は当然として、優秀な人に居続けてもらうためにやはり重要なのがビジョンです。「こういう世界を作りたい」というトップのビジョンや、行動規範、価値観が魅力的なら、給料や待遇がライバル社より若干劣っていても、辞めない理由になりうる。

『キングダム』でも、昌平君が嬴政の陣営に加わったのは嬴政の描く未来図に共感したからだし、那貴が「飛信隊で食う飯ってうまいんスよね」と言いながら飛信隊に移ったのはカルチャーフィットがよかったから。今の日本企業に足りないものが、ビジョンとカルチャーです。これらは戦略的に作らなければならないものなのに、それが行われていない。

桓騎の下を離れ、飛信隊に移った那貴(©原泰久/集英社)

イーロン・マスクは桓騎タイプ

――ビジョンとカルチャーに関して、実在する経営者を『キングダム』のキャラクターに当てはめるとどうでしょうか。

そうですね。例えば、テスラCEOのイーロン・マスクは桓騎のようなタイプだと思います。実際にテスラで働いた経験がある人からは、過酷な労働環境やイーロン・マスクの独裁者的な振る舞いに関する話も聞きます。

――前編で、桓騎タイプの経営者は成功しないという話もありましたが、テスラは成功しています。

その意味では特殊な成功例なのですが、ここでまず、これからの企業経営の前提となる考え方、「共感性」について説明したいと思います。共感性には2つの軸があって、1つはビジョン・ミッション軸。遠い未来に向かって何をやってどんな世界を作るか、という動詞的なイメージです。

もう1つがバリュー軸、価値観です。こういう雰囲気の会社組織にしたいという企業文化、形容詞的なイメージです。この両方が必要なのですが、日本の大手企業には両方がない。

●「共感性」の時代の2つの軸

(外部配信先では図や画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

うまくいっているグローバル企業は、両方を持っている場合が多い。例えばグーグルや、アマゾンのとくにクラウドコンピューティングサービスを提供するAWS(Amazon Web Services)は右上に位置します。『キングダム』の信と嬴政も、このマトリックスの右上方向を目指しているようなイメージです。

イーロン・マスクの場合は、ビジョン軸では高い水準にあるけれど、バリュー軸では劣るので左上の位置。彼が社員に提供しているのは強烈な世界観です。スペースXでいうと、「宇宙への進出によって人類を救いたい」。その強烈なビジョンに共感して人が集まるけれど、労働環境はよくないのでどんどん辞める。

「こういう価値観で一緒にやっていこう」という文化をうまく作ることはできていませんが、ビジョンがあまりに強烈なので、その力だけでも人を引きつけられるし今のところ成功している。そんなイメージの組織です。

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