むしろ、現政権は一連の要素市場改革が、格差の一層の拡大を伴うことを不可避と見たうえで、その批判が政権に向けられることを防ぐために、いわばワクチンのような予防的措置として「共同富裕」を前面に打ち出したように思われる。「共同富裕」の強調をワクチンとしてとらえるなら、それは2回3回と打たれなければならないし、それに伴う副反応──教育産業が壊滅的な打撃を受けたことなど──のようなことも当然起きてくるだろう。
さて、このような不確実性を抱える中国経済に対し、日本のビジネス界はどのような姿勢で対峙すればよいのだろうか。まず、中国における企業と政府の関係は一筋縄ではいかないものだということを改めて認識する必要があるだろう。
例えばアリババ集団はもともと、貧困問題に取り組むための公益財団基金を傘下に抱えている。1000億元という多額の「寄付」は、実はこの基金を通じて貧困層に還元することを約束されたものであり、その実施はアリババに任せられている。このこと1つを見ても、「共同富裕」を伝統的社会主義への回帰ととらえるのは実態に即しているとはいいがたい。
中国の政府や企業もいまだ手探り状態
一方で、中国でのビジネスが、つねに国内政治の動向に大きく影響を受けるリスクを抱えていることも忘れてはならない。とくに中国の経済成長が下降局面に入っており、さらにゼロコロナ政策の限界が経済に予測困難な下振れ効果をもたらしている現況では、本稿で取り上げた要素市場改革の実施に対する逆風も強くなろう。
ただ、押さえておきたいのは、とくに急速に進む社会や経済のデジタル化への対応について、中国の政府や企業もいまだ手探り状態だということだ。今後、国境をまたぐデータの共有やそのためのルール作りなどの面で中国とどこまで協力していけるのか、という議論は官民を問わず欠かせない。だからこそ、議論の前提となる実態の把握がこれまで以上に必要になることを、改めて強調しておきたい。
(梶谷懐/神戸大学大学院経済学研究科教授)
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