そんな中でも2021年4月の定期異動は実施された。今井は別の保健所に転勤になり、仕事の引き継ぎとコロナ禍対応の二重負担にさらされた。そこへ第4波が来て、5月には「感染爆発」が起きた。続いて6月下旬ごろから第5波が到来し、不安に駆られた高齢者や学校、職場などから「ワクチン接種はいつ」「早く検査を」と相談が殺到した。
保健所が行う最初の住民への健康状態の聞き取りを「ファーストタッチ」という。このための電話かけは、当日中に行わねば命にかかわる。血中の酸素飽和度を測る「パルスオキシメーター」が必要かどうかをここで判断し、必要ならバイク便で送り、その測定結果によってホテルへの宿泊か入院かを決めなければならないからだ。
こうして、時計は毎日深夜を回った。派遣社員が新規感染者のシステム入力など事務的な仕事は分担したが、責任ある仕事は正規職員が担わざるをえない。コロナ対応の合間を縫って健康相談のための家庭訪問などの通常業務を必死でこなした。
事態の急迫に、大阪府関係職員労働組合は2020年3月、「公衆衛生の危機!このままでは府民のいのちと健康は守れない!」の声明を発表し、同年8月からツイッターなどで市民に窮状を訴える「大阪府の保健師、保健所職員増やして」キャンペーンを始めた。
全国に支援の輪が広がり、ようやく2021年度に大阪府管轄の各保健所に正規保健師が1人増員され、2022年度は各保健所に保健師2人、行政職1人が増員される予定も伝えられた。だが、感染の急拡大の中では焼け石に水だった。
第5波になると、ピーク時には1日90~100件もの相談が来て、ファーストタッチは安否確認のみにとどめざるをえなくなった。
職場と家族の板挟みに
女性の職員が多数を占める職場でのもうひとつの重大問題は、家族のケアだった。
今井には3人の小さな子どもがいる。母が自宅に来て孫たちを寝かしつけ、深夜に帰宅する今井とバトンタッチする。翌朝の保育園への送りは父が引き受ける。それでも、母の帰りを待って子どもたちの寝る時間は遅くなり、不規則な生活時間から睡眠不足が目立ち始めた。わずかな休みの日があっても、母に甘えたくて逆に怒りを爆発させる子もいて、その対応で疲労が抜けない。
同僚には子育て世代の中間管理職女性もいる。小学校に入学したばかりの子どもの心のケアに寄り添えないことや、仕事を辞めてほしいと言い出す夫など、家族との板挟みが負担をさらに重くした。妻の体が心配で職場や労組に電話してくる家族もいた。
みな、泣きそうになりながら働いていた。これでは中堅層の退職が増え、技術を引き継げなくなる恐れもあると思った。
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