終戦の翌年に餓死…鬼才の木版画を見に行く

不穏で幻想的。谷中安規の魅力

滝沢さんはこう語る。

「谷中の作品は、とにかく絵柄が面白い。いろいろな解釈ができるし、謎が多いだけに好奇心にかられます。近代の版画家の中でもユニークな存在として注目されています」

蝶を口から吐く男の謎

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谷中安規『蝶を吐く人』 (『白と黒』41号)1933年11月

『蝶を吐く人』も謎の多い一点だ。裸の男が口から蝶を吐くと、それが大きくなって窓の外に羽ばたいていく。この男も谷中自身とみられる。

「狭い部屋は谷中のアパートでしょう。窓の外にはビルの立ち並ぶ都会が広がっています。蝶は谷中の分身、つまり作品とも考えられます。自分が外に出ていくのではなく、作品が出ていって自分の存在を知らしめる。自分は虚であり、作品が実体だという仏教的な考え方が反映されているのかもしれません」

谷中安規は1897(明治30)年、奈良の長谷寺の門前町に生まれた。7歳で母を亡くし、翌年、新潟の親戚の寺に預けられる。13歳から数年間は父が渡った朝鮮で過ごし、東京に戻って真言宗豊山派の豊山中学校に入学するが、22歳で中退。同級生のいる寺や友人宅などを転々とした揚げ句、三畳間に暮らすようになる。

木版画は20代後半から永瀬義郎『版画を作る人へ』を読んで独学した。30代には小説の挿絵や本の装丁を手掛け、展覧会に入選し、版画雑誌『白と黒』の同人となって、版画家として高く評価されるようになった。

しかし、私生活では恋がなかなか実らず、独身を通した。失恋の苦しさはダンスで発散させたらしい。滝沢さんは、「ダンスという身体表現をした人ならではの、躍動感のある人物表現が作品には見られます」と指摘する。ダンスといっても決まった振り付けがあるわけではなく、感情にまかせて無我夢中で踊る。版画家の永瀬義郎の家を訪ねたときは、失恋相手のことを思いながら激しく踊り、最後にはくたくたになって、「女をやっつけた」と笑ったそうだ。

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