大口注文をこなすために複数の取引所に注文を分散させると、超高速取引業者に探知されてしまうため、ゴールドマン・サックスやクレディ・スイスといった大手金融機関が私設取引所(PTS)を設けて内部で売買を成立させる仕組みをこしらえた。受け皿になる客をみつけて納得する価格で売買を成立させる、という意味では広義のマーケットメイキングだが、注文情報が外に漏れない代わりに、公正な値付けも透明性も保証されず、当事者の腹ひとつで決まるから、まさに「藪の中」、ダークプールなのだ。
もはや立会場で場立ちが声をからす場面は昔語りになった。市場が目に見えなくなるばかりか、ニューヨークやロンドン、シカゴなどの巨大証券取引所はどんどんシェアを食われ、世界で取引所合併ブームが起きたことは記憶に新しい。実は老舗の証取が、BATSなど新興取引所の台頭とダークプール拡大で窮地に立たされていたのだ。
野村や大和といった日本の証券会社も、私設取引所という「隠れ蓑」を設けている。「価格は公開市場とリンクするようセットされているから、ダークプールではあってもアメリカのようにダークではない」と強調するが、いかに分散させ目くらましをかけても、大口注文を探り出すアルゴリズムとのいたちごっこは続く。公開市場と私設取引所という二重底も、現実の需給を反映しない株価形成の要因となる。いわば市場が「建前」と「本音」に分裂してその機能が歪み、やがては信頼を失うことになるだろう。
オリンパスを上場廃止にできなかった国
ルイスは超高速取引業者をプレデター(捕食者)と呼ぶ。彼らに食われるのは、主に生命保険や投資信託などの大手の機関投資家だろう。その大口注文を先回りして、気づかれないように後出しで薄く利を剝ぎとる―コストを支払わされるのは、年金を積み立てているあなた、NISA(少額投資非課税制度)口座を開いたあなたなのだ。
フロントランは株式取引に限らない。日本ではまずFX(外国為替証拠金取引)で横行した。規制緩和により銀行だけでなく中小商品取引業者にも外貨取引を開放したせいで、FX業者(なかには堂々とアダルトサイト兼業の業者もいる)がサイトに載せている外貨の気配値は、実は見せ球だったケースが少なくない。いたいけなデイトレーダーがそれを信じてクリックした注文が、フロントランの餌食にされてもほとんど気づかれなかった。
本書が書いているように、顧客も業者も当局もクリックした後、何がシステムの中で起きているかにこれまでほとんど目を向けてこなかったのだ。こっそり無痛で生皮を剝ぐのを得意とする捕食者から見れば、〝眠れる巨人〞GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が株式運用を今後増やしていく日本は付け入る隙が十分にあるおいしい市場だろう。
だが、日本のフラッシュ・ボーイズは、存在を探知できても、その実態にまだ誰も光をあてたことがない。才人ルイスは、捕食者の手品を見破る「凡人」を見つけだした。それが本書のヒーロー、日系カナダ人のブラッド・カツヤマとその仲間たちである。彼らが「イカサマ」を実証する場面は、アルキメデスならずとも「エウレカ!」(みつけた!)と叫びたくなる。
日本に果してカツヤマはいるか。東証と銀行、官界がグルになって、長年粉飾を続けてきたオリンパスを上場廃止にできなかった〝かばい合い〞市場では、目を皿のようにして本書から捕食者の手口を学び、砂金のような内部告発者を気長に探すしかないのではないか。
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