過剰な管理が生み出す「正常病」とは? 『つくられる病』を書いた井上芳保氏に聞く

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井上芳保(いのうえ よしやす)●日本社会臨床学会運営委員。1956年北海道小樽市生まれ。東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。札幌学院大学教授、北海道教育大学・筑波大学兼任講師などを経て、現在は家事手伝い兼の読書人。大学の専門ゼミは一貫して「人間の高尚ではない諸問題」をテーマに開講(撮影:梅谷秀司)
 

メタボ、高血圧、うつ──。ささいな不調が病気と診断されてしまう。この過剰な管理が生み出す「正常病」はなぜ起こるのか。

──文豪のゲーテがすでに18世紀後半に予測していたのですか。

フランス革命のちょっと前にゲーテは、世界全体が一つの「大きな病院」となってしまうような、「病人」と「看護人」ばかりの社会になるおそれを書き、いち早く社会の行く末を見抜いている。人道主義によって覆い尽くされた社会、あるいは弱者を絶対的に擁護する社会。これは後に人権という理念になるが、この見方の先取りもゲーテの文章に含まれている。今まで見えていなかったつながりが、この本を書き進めるうちに見えてきた。

2008~2009年に世の中挙げてメタボ(メタボリックシンドローム=内臓脂肪症候群)が話題になった。あの頃から医療が変になっているのではと気になった。医療社会学者によると、まさにつくられる病、つまり「正常病」だ。メタボは実は経済刺激策だったという舞台裏が暴かれている。その指標が腹囲値の計測という日本独特の検査だ。これにみんなが踊らされた。

──正常病?

自分は「正常」であらねばならないとの強い思いに取りつかれてしまうがためにかえって調子がおかしくなるような、一種の病理的な状態を指している。何かに追い立てられるように「正常」を強迫的に志向してしまう。神経症的な病状だといってもいい。

正常病は、弱者は絶対的に擁護されるべきだ、自分は潰されかねない人の味方なのだという立場で仕事をしている人には、嫌な言葉だろう。拠って立つ足元を脅かされるようなことになる。例の一つに児童相談所を挙げた。当事者たちは善意でやっていて、微細な悪の兆候は少しも見逃してはならないということで、どんどん抑止策をエスカレートさせていく。それが病的なところまでいっている。

また精神科の薬の処方にしても、その診断の中でいかにも過剰になっている。そういうことをも総括する概念が正常病だ。社会、経済あるいは政治にもっと広げていい概念かもしれない。

──健康不安は確かにあります。

血圧の値、悪玉コレステロールにしても、本当のところを知らないから健康補助食品のたぐいの購買活動に励む。飲むヒアルロン酸がどうしてひざに効くのか。

精神科の薬などはすごいことになっている。本当に病気が作られているとしか思えない。ちょっと気軽に医者に行って、症状を言えばその症状ごとに次々と薬が出され、おかしくなった例を知っている。また微熱が続いたので医者に行ったら検査入院で認知症になりかかった例もある。ささいなことで病気にされる。その手のことが世の中でたくさん起きている。

──血圧の正常値が目まぐるしく変わっています。

僕も高いからと降圧剤の処方をしましょうと、患者になりかかったことがある。降圧剤は利ザヤが大きいとか。ノバルティス ファーマのデータ捏造の話もある。最高値は段階的に130mmHgまで下げられてきたが、ここには構造的な病理が見て取れる。「原子力ムラ」と同様に「医療ムラ」がなせる業ではないか。

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