「日本のフラッシュ・ボーイズ」とは、太平洋を渡って上陸したヴァーチュ、KCG、サントレーディング、クオンツラボなど、本書にも顔を出す外来種の〝猛者〞たち十数社のことなのだ。ただ、上陸したとはいっても、日本にオフィスもおかずに、JPXとコロケーション契約を結び、彼ら独自のアルゴリズムを仕込んだサーバーが、データセンター近くの一角に置いてあるだけだ。
オペレーターはアメリカやシンガポールなどにいて、遠隔操縦でサーバーのプログラムをときおり微調整している程度。売買注文はすべてこの〝青目〞の「無人ロボット」がプログラムに従って自動的に出している。海底に身を潜めるアンコウのように市場の動きに目を光らせ、大きな獲物がみつかるやいなや、東証や大証会員の日系証券会社を通じて大量の注文を浴びせかけては、広く薄く荒稼ぎしている。なのに、取引所が「国益」を主張するなど笑止の極みである。
コロケーションという「出島」を設けて、超高速取引業者という「黒船」の埠頭にしておきながら、「いやいや、あそこは日本でござる」と言い張る長崎奉行所のようなものだ。実は「利用料」という名目の貸座敷代で潤っているのは奉行所なのに、口をぬぐって知らん顔である。
超高速取引は株価変動を緩やかにする?
本書の衝撃が飛び火すると見てか、JPXは早くも予防線を張っている。2014年5月と7月、立て続けにワーキング・ペーパーを発表した。
要は、超高速取引が流動性を供給し、株価変動を緩やかにする、との結論先にありきなのだ。ブラックボックス化で人間の恣意が介入する余地がなくなり、かつてのように場立ちの囁きや、小耳に挟んだ電話情報から、フロントランやインサイダー取引に手を染める「原始的な」証券犯罪は成り立たなくなった、という効用論ばかり吹聴する。
だが、それでは2010年5月6日にニューヨーク・ダウ工業株30種平均が、10分で600ポイントも急落した「フラッシュ・クラッシュ」を説明できない。
実は取引所の売買記録は秒単位しかなく、マイクロ秒単位で起きたデータがないからだ。微視的にはオベリスクのように売買の一点集中が起きても、巨視的には凪の水面としか見えず、量子力学をニュートン力学で解くにひとしい。アローヘッド導入の前後を比較したJPXのペーパーも同じ轍を踏んでいる。本書の指摘にはグーの音も出まい。
「フラッシュ・ボーイズ? いやいや、アメリカだけが特殊なんです、先物のシカゴと現物のニューヨークその他の取引所が別々だから、ミリ秒以下のタイムラグが生じて、〝濡れ手で粟〞の超高速取引が可能になるんです」と日本の市場関係者は言い訳する。
日本では、取引の九割が東証に集中しているから、本書に書かれたような多数の取引所間の価格差やレイテンシーに乗じた先回りはしにくいという理屈だ。
しかしそれは手口の一つに過ぎないことは本書でつまびらかにされているとおりである。ルイスのウォール街摘発を「極論」と貶す人の正体は、たいがい超高速取引業者のお仲間である。
いまや市場自体がグルの構造になっている。それを証拠づけるのが、もうひとつの暗部「ダークプール」である。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら