6月の終わりごろ、私の報告をじっと聞いていた松下が「まあ、そういう結果なら、しゃあないな。君たちが一生懸命やった結果や。そうそう簡単にはよくならんわ。まあ、このPHPをはじめて30年間、ずっと赤字や。一度も黒字になったことがないんやから。心配せんでいい」と言ってくれたときは、正直、少しの安堵と、これからも松下さんの指示を忠実に、社員全員で取り組んでいこうと思った。
しかし、「すいません」と言いながら、松下幸之助の顔を見ると、厳しい形相をしている。仰天して、安堵から恐怖に暗転した。
厳しい口調で「きみは要らんよ」
身を固くしていると、松下は一言、厳しい口調で、こう言った。
「きみ、わしの言う通りにやるんやったら、きみは要らんよ」
このひとことに、私は、戦慄を覚えつつ、そうか、そういうことか。松下さんの言う通りではなく、松下さんの言うこと以上のことをしなければならないんだ、成果を上げなければいけないんだ、と理解した。
それから、私は、松下の指示通り、『PHP』誌の販売部数拡大策を継続しつつ、それだけではなく、書籍中心の出版に踏み切り、結果、とりあえず、その年度末の9月に5000万円の利益を上げた。
その後、私は、松下の指示の通りではなく、松下の指示の本質は何か、なにが基調なのか、松下幸之助の言葉より、その言葉の奥の指示を読み取り、松下の言う本質を根底にしつつ、松下の言葉による指示以上の成果をあげる工夫をした。雑誌の多種化も友の会活動も、研修活動もシンクタンク活動も、松下の指示の本質を、私なりに読み取り、松下に進言、始めたものである。
結果、経営者として34年間を過ごし、退任の2009年までに売り上げを230億円、内部留保も80億円に仕上げることが出来た。赤字は、この間、一度も出すことはなかった。社員数は、320名。
いまでも、松下幸之助の「きみ、わしの言う通りにやるんやったら、きみは、いらんよ」という声を鮮明に思い起こすことが出来る。
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