映画を観た人は、よもやあの写真が一度は封印され、今回それが解かれたものだとは思わないでしょうし、ご両親が現在も使用されたことに複雑な思いを抱いているとは知るよしもないでしょう。だからこそ、それを書かないわけにはいかなかった。
実を言うと、私も以前は封印に反対でした。封印されてしまったことについて今も残念に思う気持ちはあります。でも、ご両親のお気持ちにじかに触れ、初めてわかるものもあったのです。
どんなに写真が素晴らしい芸術品であっても、親にしてみたら、水銀の深刻な被害を受けた娘の裸身が「作品」として大勢の人の目に晒され続けることは耐えられないと。
「入浴する智子と母」について、本書ではありのままの事実を書くことに努めました。誰かを罰するのではなく、アイリーンさんの立場、ご両親やご家族の立場、それぞれの当事者になってみて、自分だったらどうするか、と考える時間を持ってほしい。答えは1つではないはずです。
1枚の写真にひかれた
――水俣病を患う老女が自宅へと歩いてゆく後ろ姿を捉えた1枚で本書を締めくくっています。
取材で、水俣病患者が多発した漁村を歩きました。補償金を得た人が多かった村では、もう漁をやる人はおらず、空き家が目立ちました。そうした情景を見ているうちに、ユージンが撮ったこの1枚にひかれるようになったのです。
ユージンは第2次世界大戦終戦の翌年、森を抜けて光の中へと手を繋いで歩いてゆく少年と少女の後ろ姿を撮っています。カメラマンとして従軍し、心身ともに傷ついていた彼が再起を誓って撮った1枚「楽園への歩み」です。
でも、彼の写真家人生最後の1枚にもなった老女の後ろ姿は、光にあふれてはいませんでした。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら