1枚の写真「老女の後ろ姿」が世界に発した警告 石井妙子氏はなぜ『魂を撮ろう』を書いたのか

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――ただ、真相がわかっていない段階で、持ち上がっている説をメディアが客観的に報じていくのは仕方がないのでは。

ユージンが周囲に、よく語っていた言葉があります。

「客観なんてない。人間は主観でしか物を見られない。だからジャーナリストが目指すべきことは、客観的であろうとするのではなく、自分の主観に責任を持つことだ」

いろんな情報がある中で、何に着目し、どう書くのか――ノンフィクション作家として駆け出しの頃、私もよく悩みました。

そんなときに出会ったのがユージンのこの言葉です。「本当にそうだな」と思いました。ノンフィクションはどこまでも主観。その主観が公正であると言えるようなものにしなければならないし、その結果に責任を持つのだと。

「封印」された写真

――ユージンの代表作「入浴する智子と母」について、丹念に書かれています。水俣病を世界に知らしめた1枚でした。

ところが、ユージンも智子さんも亡くなった後、智子さんのご両親が「智子を休ませてやってほしい」とおっしゃられ、著作権者であるアイリーンさんは二度と世に出さないとする誓約書を発表、写真を「封印」したのです。

アイリーンさんの決断に対し、「表現の自由への侵害だ」と、非難の嵐が吹き荒れました。こうした事実もほとんど知られていません。

いしい・たえこ/1969年生まれ。白百合女子大学国文科卒業。同大学院修士課程修了。『おそめ 伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な半生』でノンフィクション作家デビュー。『原節子の真実』で新潮ドキュメント賞受賞、『女帝 小池百合子』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞(撮影:佐々木仁)

――映画「MINAMATA」のラストでは「入浴する智子と母」が映し出されました。

そう。アイリーンさんが映画では封印を解いたのです。

でも最初からそのつもりだったわけではない。揺れながら二転三転し、最終的に、苦悩の中で大きな決断を下した。

――アイリーンさんの決断や映画での使用について、智子さんのご両親に直に取材されています。

ご両親に話が聞けることが決まったのは取材の最後の最後でした。

父・上村好男さんは「やっぱり使ってもらいたくはなかった。でも相談はなかったから」と吐露しました。映画での写真使用許可は、ご両親には事後報告だったのです。

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