1枚の写真「老女の後ろ姿」が世界に発した警告 石井妙子氏はなぜ『魂を撮ろう』を書いたのか

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――熊本県で起きた水俣病は、工場排水に含まれた有機水銀が魚介類を通じて人体に貯まり発症する水銀中毒、と学校で習います。

学校では私もそのように習いました。ですが、原因が工場排水にあると認定されるまで10年もの歳月が費やされた事実までは習わないと思います。

なぜそれほどまでに時間がかかってしまったのか。当時、地元の医者や熊本大学の研究者たちは実験を重ね、原因が工場排水にあると相当程度まで突きとめていました。

ところが原因企業チッソは工場排水説を否定し続けます。通産省(現経産省)はチッソ擁護に徹した。東京の権威ある学者たちも水銀説を否定する見解を出しました。

中には「腐った魚を食べたことが原因」と唱える高名な学者までいました。水俣の漁民からすると、海の民である自分たちがなぜ腐った魚を食べるのか、となるのですが、影響力のある学者たちの見解を在京メディアは「スクープ」として報じたのです。

真相に迫った地元メディア

――若き日のユージンは、父親の自殺の報じ方に幻滅し、「自分はジャーナリストに憧れていたけれど、もうやめる。こんなに汚い仕事だとは思わなかった」と毒づきます。

その彼が後年、水俣病患者の苦悩を撮ろうともがいたのは、なぜか。本書ではそこを描いたつもりです。

ユージンが水俣にいた時代、助手をしていた石川武志氏が「ジャーナリズムなんて自分は信じていない」と言ったことがありました。水銀説に対して、荒唐無稽な食中毒説などを書き立てたメディアへの不信感を口にした石川氏に向かって、ユージンは顔を真っ赤にしてこう反論します。

「ジャーナリズムが悪いんじゃない。いいジャーナリズムにするか、悪いジャーナリズムにするかは個人の問題だ」と。

原因究明に努めていた熊本大学が1963年、チッソ工場の排水から有機水銀を検出したことをスクープとして報じたのは地元紙の熊本日日新聞でした。

真相に迫ろうとするメディアもあったのです。それが在京メディアではなく地元の新聞であったことにも私は着目しました。

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