佐藤さんは、いろいろな人種が混在する街百人町を、かつて賞金で旅行したニューヨークのブルックリンと重ね合わせた。
「模擬刀のトラブルを題材に『ソードリッカー』という小説を書きました。そしてこれがひどくコケました。売れなかった。単行本にはなったものの、本当に無反応でした。そこから仕事がとだえて、自分でも方向性がわからなくなって、真の暗黒時代に突入しました」
それでも佐藤さんは小説を書いた。
しかし編集者に原稿を送っても「ボツ」という返信すら来なくなった。
佐藤さんは、警備員の仕事をしたり、郵便局の仕分けの仕事をしたりして、糊口をしのいだ。
作家としての収入はほぼなく、自称作家を名乗っているだけのヤツだと自覚もしていた。
どん底の中で出会った思い出深い人たち
「その時期は確かにつらい時期でした。
ただ、そういうどん底を味わいたかったっていうのは、心のどこかにありました。
僕がずっと読んでいた、チャールズ・ブコウスキーやレイモンド・カーヴァーなどの作家たちってすごい苦労してるんですよね。
『酷い目に遭うことが作家の使命』
というのって、あると思うんです。
どんな酷い目に遭ったかがその人の個性で、その酷い目を皆さんに披露してお金をいただいている。そんな感覚があります」
佐藤さんがどん底にいる時は、出会う人も個性的だった。作家の知り合いはまったくできず、元特殊部隊の人間、ベンチプレスで200キロを挙げる怪力料理人、総合格闘技のチャンピオン、中国武術家など一筋縄ではいかない人たちと出会った。
「彼らのような存在感のあるキャラクターにも恩を感じますが、そうではない人たちも大事でした。自分が売れてしまったら、出会う人も基本的に売れている人ばかりになります。対談の企画などがそうですね。でも売れてない時に出会う、
『駄目になっていく人』
『何者でもない人』
そういう人たちと対等な関係で出会って話をするって、作家にとってすごく貴重なことなんだと思います。
僕自身は落ちぶれている状況でも、書くのは楽しかったですね。そこは空虚な感じにはならなかったです」
そんな2015年、佐藤さんはゾンビ小説のアイデアを思いついた。
編集者と相談したかったが、ずいぶん仕事をしていなかったので、喫茶店に呼び出したりするのは申し訳なく感じた。
それで過去の受賞者などが呼ばれる文芸のパーティーに顔を出して、その際に編集者に相談した。編集者には
「江戸川乱歩賞に出されたらどうですか?」
と言われた。
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