佐藤さんは当時、段ボールを机にして原稿を書いていたという。
「すぐに高齢の大家さんにバレて、追い出されてしまいました。僕だけではなくて、弟も一緒に追い出されました。僕も厄介そうな見た目ですが、弟は弟で両腕にタトゥーが入っていたりするので、大家さんとしてはかこつけて追い出したかったんだと思います(笑)」
ちょうどその頃『サージウスの死神』が単行本になり、印税が入ってきていた。
佐藤さんは少しグレードアップしたマンションを借りることにした。
「新中野で築年数の古いマンションを借りました。窓を開けると真正面にあったパチンコ屋のピエロの像がドーンと見えるんですよ。それが気に入って契約しました。
そのアパートには網戸があったんですが、
『窓に網戸がついてる!! 俺は勝ち組になった!!』
と思ったのを覚えています」
佐藤さんの弟も住む家を失っていたので、そのマンションに2人で住むことにした。
しかしそこにもあまり長く住んでいられなかった。
小説の資料用に持っていた模擬刀をめぐって、あるトラブルに巻きこまれた。
そして、大家からは
「出ていってくれ」
と事実上の宣告をされた。
「なにかをなす前にいつも事件が起こる。トラブルばかり続いて金はなくなるし、小説も全然書けない。書いても売れない……。
もう全部諦めて、福岡に帰ろうかと思いました」
自暴自棄になりかけたときに立ち直ったきっかけ
季節は冬だった。
佐藤さんの心は重く沈んでいた。
自暴自棄になりそうだった。
それでもとにかく住む場所を見つけなければならない。
ジャージとサンダルとラフなスタイルで新宿区百人町の小さな不動産屋に顔を出した。
「不動産屋さんの爺さんに、
『トイレも風呂もない部屋でいいよ』
って言ったら、
『トイレくらいあったほうがいいでしょ』
と言いながら、すぐに物件を紹介してくれることになりました」
お爺さんは店の外にとめてあったママチャリにまたがった。佐藤さんの自転車は用意されてなかった。
お爺さんは遠慮せずに走り出した。
佐藤さんは、しかたなくお爺さんの自転車の横を伴走しはじめた。
ちょうど空からは雪が降ってきた。
「爺さんに食らいつくように走っていたら、頭の中で『ロッキーのテーマ』がかかったんですね。その時、ふっと胸のつかえが取れたんです。もう1回チャレンジしてみるかって思いました。
人間、何をきっかけに立ち直るか、わからないものですね(笑)」
新たに住んだ物件は歌舞伎町近くのラブホテル街で、あまり治安は良くなかった。
だけど、当時の佐藤さんにとっては逆に住みやすかった。街に馴染めた。
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