58歳で脱サラ元記者が「小さな本屋」へ転身のなぜ 「長年の夢でも読書好き」でもなかったという

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店は12時開店、曜日によって17時~18時閉店とつねに時短営業。フルタイムで働く妻は朝7時に家を出るので、午前中は洗濯など家の仕事とランニングが落合さんの日課になっている。夕方は子どもの学童クラブや習い事の送迎に合わせて閉店。夕ご飯は家族そろって食卓を囲む。

新聞記者時代は「まずは仕事、暮らしは二の次」だったが、今はその逆で家族と過ごす時間が一番になった。ただ、稼ぎ時の土日は店を開けるので、週末に家族で出掛ける時間はなくなった。

浅草や蔵前に近い田原町で、大通りを一歩入ったところにたたずむ店舗(撮影:尾形文繁)

開業に反対していた妻は、60歳を過ぎても楽しそうに働く落合さんの姿を見て「見守っていこう」と考えを変えつつある。幸い妻はフルタイムの仕事があり、3人で暮らしていくには何とかなっている。「良いことも悪いことも共有しながら、これからのことを一緒に考えていきたい」、夫の仕事にそう理解を示すようになった。

「いきいきしていますね」元同僚の言葉

落合さんは9月末、開業までの道のりを赤裸々につづった著書『新聞記者、本屋になる』(光文社新書)を出版した。以来、わざわざ訪ねてくる人が増え、その分、売り上げも増えた。

ありがたいが、落合さんが望むのは高跳びせず、赤字を出さない程度でいいから長期間にわたってお店を続けること。そのために売り上げが良いときは調子に乗らず、抑え気味に。逆に悪いときは落ち込みすぎず、工夫して乗り切ろうと心に決めている。

『新聞記者、本屋になる』(光文社新書)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

本屋になってから、いかに自分が世間知らずだったか、思い知らされることは多々ある。その1つがジェンダー格差の現状だという。

記者時代を振り返れば、男性である自分は年齢を重ねるごとに、当たり前のように力を身に付けていった。しかし女性というだけで、平等に競争のスタートラインに立つことすらできなかった人はたくさんいたのではないか。取材を通してそれなりに社会の不平等は見てきたはずなのに、気づけていなかったことはたくさんあると反省した。

「今からでも知りたい。知らなければいけない」。その思いから、ジェンダーやフェミニズム関連の書籍を仕入れることが増えた。

たくさんの人との出会いがあって、偶然に偶然が重なって。理想とする「本屋のかたち」はないが、お客さんの声を聞いて変化し続けたいと願う。「空振りや失敗をしても、次の一手を出したり、誰かに声をかけたりすれば、また何か新しいものが生まれる。でも行動しないと何も始まらないから」。

お店に入ってすぐの書棚にはジェンダーをテーマにした本が多く並ぶ。落合さん自身が「知りたい」と思う分野だからだという(撮影:尾形文繁)

あるとき、前職の同僚から「なんか、いきいきしていますね」と言われた。自分では普通のつもりだが、そういってもらえたのは素直にうれしかった。

今年5月、まったく何も売れなかった日がオープン以来、初めてあった。鼻をへし折られた感じがしたが、時間が経つにつれ、肩の荷を下ろしたような気分にもなった。「店をやっていれば、こんな日もある。また明日、シャッターを開ければいい」。

本屋としての毎日は続いていく。

吉岡 名保恵 ライター/エディター

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よしおか なおえ / Naoe Yoshioka

1975年和歌山県生まれ。同志社大学を卒業後、地方紙記者を経て現在はフリーのライター/エディターとして活動。2023年から東洋経済オンライン編集部に所属。大学時代にグライダー(滑空機)を始め、(公社)日本滑空協会の機関誌で編集長も務めている。

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