ケニアで起業「肩書き嫁」手放した34歳女性の半生 なぜ彼女はアパレルブランドを立ち上げたのか

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河野理恵さん(中央)は「一歩踏み出すきっかけの」をコンセプトにケニアでアパレルブランドを立ち上げた(写真提供:ラハ ケニア)
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「一歩踏み出すきっかけの」

この言葉をコンセプトに掲げる「RAHA KENYA(ラハ ケニア)」はケニア在住の河野理恵さん(34)が2018年、1人で立ち上げたアパレルブランドだ。

就職活動に失敗し、自分探しに迷走していた20代。結婚、そしてケニアへの移住。自信がなかった河野さんが一歩、踏み出すきっかけになったのは、アフリカ布との出合いだった。日本に一時帰国中の河野さんに話を聞いた。

就活60社“全落ち”

高いヒールの靴を履き、カツカツと鳴らしながら都会を闊歩する。河野さんは大学生のとき、そんなキャリアウーマンに憧れて就職活動をした。とりあえず営業職を志望し、「響きが格好いい」という理由だけでなりたかったのは医薬品メーカーのMR。明確な志望理由がなくても、就職活動は「数を打てば当たる」と信じていた。しかし、さすがにそれでは厳しい。60社を受けたが結局、“全落ち”した。

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その後、介護職に就いたが1年で離職。次はアルバイトをしながら大学の通信課程で勉強し、中高の教員免許を目指した。就活で失敗した劣等感を拭いたくて、教員になれば周囲に認めてもらえる気がした。

しかし教員免許は取得したが、教育実習で教壇に立ったとき、クラス全員と1人ひとりしっかり向き合うのは困難だと気づく。結局、教員になることをやめ、派遣社員として働き始めた不動産会社でやがて正社員に採用された。勤務先は東京・丸の内。遠回りしたけれど、夢だったキャリアウーマンになれたのだった。

会社には一般職で就職し、採用業務を担当。最初の1〜2年は仕事が楽しくて仕方なかった。採用してくれた会社への感謝もあった。それなのに、ある程度、仕事ができるようになると、次のステップが見えなくてモヤモヤした。「自分はただ、丸の内のOLに憧れていただけ」。仕事に対するモチベーションは上がらなかった。

一方で、会社では後に夫となる邦彦さんとの出会いがあった。邦彦さんは脱サラ後、新興国での起業を目指していて、結婚後はケニアへ移住するつもりだと宣言。環境を変えたかった河野さんは29歳で会社を退職し、結婚・移住することに躊躇せず、むしろ「アフリカは相当、志の高い人でなければ足を踏み入れないところ。嫁としてついていけるのならラッキー」だと喜んだ。

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