42歳で脱サラ就農した男が見つけた「意外な仕事」

「3年でメドをつける」妻との約束から12年…

無農薬で育てられたオリーブの実(写真:山田オリーブ園)
この記事の画像を見る(7枚)

香川県・小豆島で「山田オリーブ園」を営む山田典章さん(54)は2010年、42歳で東京の会社員から農業に転身。誰もやっていなかったオリーブの有機栽培に活路を見いだし、独自の挑戦を続けてきた。オリーブオイルなどの加工品は口コミで人気が広がり、全国から注文が相次ぐ。

新しい道へ進みたくなった

「もうそろそろ、次かな」――。東京にある教育業界の大手企業で、会社員だった山田さんが何となく、別の仕事を考えるようになったのは40歳を過ぎたころからだった。

この連載は初回です

1989(平成元)年、新卒で入社したときは終身雇用が当たり前。自分も定年までこの会社で働き続けると思っていた。仕事は面白かったし、やりがいもあり、どちらかと言えば「前のめりにやっていた」ほうだという。

しかし30代半ばをピークに、だんだんと会社から求められていることと、自分の希望やスキルが合わなくなった。それでも仕事として受け入れ、会社に残る選択肢はあった。だが「この先20年、だましだまし続けても、きっとどこかでやめるだろう。それならば、まだ体力がある40代で会社を辞め、新しい挑戦をしたほうがいい」、そう思うようになった。

島に移住したころからブログで情報発信してきた山田典章さん。近年はYouTubeでも積極的に動画を配信している(写真:YouTubeチャンネル「小豆島の有機オリーブ畑」よりキャプチャ)

だからと言って、何かやりたいことがあったわけではない。どうしようかと考えていたとき、たまたま妻の実家がある香川県・小豆島に家族で帰省した。滞在中、実家の農作業を手伝っているうちに、自然相手の仕事は自分にとって「好きと言うより、苦にならない」ものだと気づいた。

このとき思い出したのが、自身が就職するまでのこと。佐賀県で生まれ育ち、外遊びや祖父の農作業を手伝うのが好きだった。自然に関わることを学びたいと、大学も農学部へ進み、土壌の改善などを研究していた。

「そう言えば、そうだった」。

大学卒業後、必然に迫られて就職し、会社員を20年以上続けてきたが、本当にやりたかったのは自然相手の仕事だったのではないか。「それならば、あまりいろいろ考えず、この島で農業ができる道を探してみよう」。

次ページ「ダメだったときはどうするの?」
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事
  • 仲人はミタ-婚活現場からのリアルボイス-
  • ぐんぐん伸びる子は何が違うのか?
  • ソロモンの時代―結婚しない人々の実像―
  • 非学歴エリートの熱血キャリア相談
トレンドライブラリーAD
人気の動画
早慶上理・MARCH・関関同立、少子化でどうなる?
早慶上理・MARCH・関関同立、少子化でどうなる?
日本製鉄は「巨人トヨタ」でも1ミリも譲らない
日本製鉄は「巨人トヨタ」でも1ミリも譲らない
山手線2日間運休「渋谷駅大工事」何をどう変えた
山手線2日間運休「渋谷駅大工事」何をどう変えた
「ニッポン半導体」敗北の真相
「ニッポン半導体」敗北の真相
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
勝ち組シニアと負け組シニア<br>定年格差

「45歳定年」発言に対し一部で猛反発。現実には法改正で70歳までの雇用確保が今春努力義務化されました。人生100年時代といわれる今、従来の定年はもはやなくなりつつあります。老後も働くシニアが第二の人生を勝ち抜くためにすべきことは何でしょうか。

東洋経済education×ICT