ケニアで起業「肩書き嫁」手放した34歳女性の半生 なぜ彼女はアパレルブランドを立ち上げたのか

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アパレル未経験の河野さん(右)だが、1つ1つ実直に製品作りに取り組んできた(写真提供:ラハ ケニア)

なんと全員、サイズが小さすぎて着られなかったのだ。アパレル未経験の河野さんは採寸のイロハも知らず、お客さん自身に測ってもらった数字をテイラーに伝えれば商品はできると思っていた。結果、まったく体に合わない商品ができてしまった。SNSでお付き合いのあるお客さんたちだったので温かい声をかけてもらったが、平謝りするしかできない自分が情けなかった。

洋服を作って売るのは難しい…

この経験から洋服を作って売るのは難しい、と痛感し、今度はパソコンケースに焦点を絞る。自分が欲しいと思うパソコンケースがなかなかなかったことから目をつけたのだった。しかし小物を作れるテイラーとのコネクションはなく、青空市場の「マサイマーケット」へ初めて1人で出かけることに。

ブランドを始めた頃、ようやく商品化にこぎつけたパソコンケース(写真提供:ラハ ケニア)

身振り手振りで片言の英語を駆使し、必死にパソコンケースを作れる人を探していると、21歳の若いテイラーと知り合った。この出会いがきっかけで彼は信頼できるビジネスパートナーとなり、ブランドの成長を支える存在となっていく。パソコンケースは初めての商品らしい商品となった。

その後は小物類の商品化を通じてテイラーとの生産体制が整い、ノウハウを蓄積。そのうちお客さんから「洋服も欲しい」という声が聞こえてくるようになった。やはりアフリカ布の洋服で自分自身が変わった、というのがブランド立ち上げの原点なのだから、もう一度、洋服作りに挑戦したい。

ただ1人では難しかったので、SNSでインターン生を募集し、一緒に洋服作りを再開した。失敗の連続だったが試行錯誤の結果、ノースリーブワンピースなどを商品化し、2020年2月から販売開始。以来、ロングスカートやTシャツ、ワイドパンツなどを作ってきた。

最初は1人で始めたブランドだったのに、気づけば製品を作ってくれる現地のパートナーは10人以上に増加。また、インターン生のうち2人の女性が社員となり、現在、マーケティング担当と製作担当としてケニアで一緒に働いている。

テイラーさんたちと相談しながら、1つひとつ商品を作っていく。写真は商品の参考画像をスマートフォンで見せているところ(写真提供:ラハ ケニア)
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