岸田総理が「改革」という言葉を使わなかった訳 世間は明らかに「新自由主義」に疲れきっている

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これは安倍政権と非常に似ています。岸田政権も安倍政権と同じ道をたどるおそれがあるということですね。

菅政権の大学改革を引き継ぐ岸田政権

中野:これまで経済の話を中心に議論してきました。そこで、今度は古川さんにお聞きしたいと思います。古川さんは教育学を専門とされていますが、岸田内閣をどのようにご覧になっていますか。

古川:私は岸田さんの話を聞いていると、素朴な印象として、「自民党の中にもこんなまともなことを言う人がいたのか」と感じました。この感覚は、おそらく多くの国民の感覚とそれほどズレていないのではないかと思います。

古川 雄嗣(ふるかわ ゆうじ)/教育学者、北海道教育大学旭川校准教授。1978年三重県生まれ。京都大学文学部および教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は、教育哲学、道徳教育。著書に『偶然と運命――九鬼周造の倫理学』(ナカニシヤ出版、2015年)、『大人の道徳 西洋近代思想を問い直す』(東洋経済新報社、2018年)、共編に『反「大学改革」論――若手からの問題提起』(ナカニシヤ出版、2017年)がある(写真:古川雄嗣)

というのは、この間、野党やリベラル派は自民党の新自由主義的な政策によって格差が開き、中下層の人たちの生活がボロボロになってしまったと批判していましたよね。そこにコロナが来て、もともと貧困化していた人たちの生活がいよいよ立ち行かなくなったというのに、それでも自民党は「まず自助だ」などと言って、給付金さえ出し渋る始末です。これではさすがに、もはや「保守」とは名ばかりで、実際には自民党は国民の生命も生活も守ってはくれないのだという認識にならざるをえません。実際、従来の保守支持層の中からも「今度という今度は自民党には失望した」という声があがるようになっていました。そこで野党は、そこに目をつけて「自分たちこそ真の保守だ」と言い出し、保守支持層の取り込みを図るようになっていました。

そうした中、岸田さんが新しく総理になり、「新自由主義からの転換」ということをはっきりと打ち出した。これにより、「岸田さんならもう一度自民党を何とかしてくれるかもしれない」という雰囲気が広がり、再び自民党への期待感が高まっているのではないかと思います。野党は「やられた」と思っているのではないでしょうか。

中野:おっしゃる通りです。野党は「アベノミクスの検証が必要だ」と言っていますが、岸田総理はアベノミクスをやらないと言っているわけですから、いまさらアベノミクスを検証してどうするんだという話になります。野党は肩透かし食らった感じがしますね。

古川:ただ、やはりそこで気になるのは、岸田さんが支持者をつなぎとめるために、パフォーマンスで新自由主義からの転換と言っているだけなのか、本当に新自由主義をストップするつもりがあるのか、ということです。私も岸田さんが「改革」というワードを使わなかったことは評価していますが、どこまで本気なのかよくわからないのです。

たとえば、私が特に関心のある教育政策や大学政策で言うと、岸田さんは「科学技術立国の実現」を掲げ、10兆円規模の大学ファンドを年度内に設立すると言っています。しかし、これは菅前総理が打ち出した、いわゆる「稼げる大学」に向けた大学経営改革をそのまま引き継ぐものです。

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菅前総理は大学に産業界をはじめとする外部人材を入れた意思決定機関を作り、そこからトップダウンで大学を変えていくという「改革」を打ち出したのですが、岸田総理はこれをそのまま引き継いでいるわけです。

先ほど柴山さんが「改革」の4つの要素をあげてくださいましたが、90年代以来の「大学改革」には、トップダウンの意思決定をはじめ、まさにその4つの要素がふんだんに盛り込まれていて、「稼げる大学」構想はまさにその極みにほかなりません。こうした政策をそのまま継承すると言いながら「改革をやめる」と言われても、本当にやめる気があるのかと疑わざるをえません。岸田さんの本心はどこにあるのか。私はそこが引っかかっています。

(構成:中村友哉)

「令和の新教養」研究会
「れいわのしんきょうよう」けんきゅうかい

この複雑で不安定な世界を正しく理解するためには、状況を多面的に観察し、幅広く議論し、そして通俗観念を批判することで、確かな思想を鍛え上げなければなりません。内外で議論の最先端となっている書籍や論文を基点として、これから世界で起きること、すでに起こっているにもかかわらず日本ではまだ認識が薄いテーマを、気鋭の論客が読み解き、議論する研究会です。コアメンバーは中野剛志(評論家)、佐藤健志(評論家、作家)、施光恒(九州大学大学院教授)、古川雄嗣(北海道教育大学旭川校准教授)の各氏。

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