岸田総理が「改革」という言葉を使わなかった訳 世間は明らかに「新自由主義」に疲れきっている

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国民の多くも、その強弁を信じたがった。戦後日本はもともと、ナショナリズムを否定し、政府の行動に制約を加えるのが正しいと見なす点で、新自由主義と相性がいい。そして構造改革は、小さな政府でも(あるいは小さな政府でこそ)繁栄が達成されると構える思想。改革路線の失敗を認めたら最後、戦後日本人はアイデンティティが揺らいでしまうのです。しかし衰退があまりに顕著になったせいで、さすがに何かおかしいと思い始めたのが現状と言えるでしょう。

「新しい資本主義」に新味はない

佐藤:新型コロナウイルスの蔓延がもたらした影響も見過ごせません。改革は攻めの姿勢でやるもの。農業改革なら、ずばり「攻めの農業」とか、「日本の農業は世界に羽ばたけ」という具合です。成功を踏まえるか、失敗を反省するかは別として、「さあ、攻勢に出て新たな成果をガンガン上げるぞ」とやらなければアピールできない。

佐藤 健志(さとう けんじ)/評論家・作家。1966年、東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。1990年代以来、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ)をはじめ、著書・訳書多数。またオンライン講座に『痛快! 戦後ニッポンの正体』(経営科学出版)、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』(同)がある。2021年11月末に最新オンライン講座『閉ざされる再興への道』(経営科学出版)を、12月に新刊『感染の令和』(KKベストセラーズ)を、それぞれ配信・刊行予定(写真:佐藤健志)

しかし相手がコロナとなると、攻めの姿勢はなかなか取れません。ゼロにするのは無理だから共生しようという話になるくらいですからね。つまりは守りの姿勢が基本。そんなときに改革といっても説得力が乏しい。

中野:確かに「攻めのコロナ対策」とは言いませんね。

佐藤:まあ「攻めの感染防止」や「攻めの自粛」(!)などの主張もなくはないものの、発想の矛盾は一目瞭然。いつから「防止」が攻撃を意味するようになったんだ、です。

ただし岸田内閣に期待できるかは非常に疑わしい。先ほど「新しい資本主義」の話が出ましたが、安倍総理も「瑞穂の国の資本主義」をうたいました。こちらもまた、行きすぎた市場原理の是正、日本的なコミュニティ精神の重視、ナショナリズムの再評価などを掲げたはず。「新しい資本主義」の原型と評して差し支えないでしょう。

けれども安倍総理は「瑞穂の国の資本主義」を実践するどころか、ほぼ真逆のことをやりました。総理の座に返り咲くや、「今がラストチャンス」と言ってTPP参加を表明しています。2012年、政権を奪回した総選挙の際、自民党は「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない」と特筆大書したポスターを農村部でさんざん貼ったにもかかわらず、です。

新自由主義から転換するといって新自由主義に突き進み、成果が上がっていなくとも「成果は上がっている」と言い張る。これがアベノミクスの内実でした。そして国民は、そんな政権を強く支持したのです。なぜそうなったのか、まともな総括がなされないかぎり、岸田政権も二の舞を演ずると見なすのが当然でしょう。現に10月の総選挙における自民党の公約からは、岸田総理の目玉政策の大半が抜け落ちた。ところがフタを開けてみれば、大方の予想に反して結果は絶対安定多数。改革に疲れていようと、国民は新自由主義をあきらめていないとしか思えない。

中野:新自由主義から脱却するかのような素振りを見せながら、実際には新自由主義を推し進めただけだったというのは、日本に限った話ではありません。アメリカのオバマ政権でも同じ現象が見られました。

オバマは大統領選挙の最中には、労働者を苦しめるグローバリゼーションを是正しなければならないとか、NAFTAの見直しが必要だとか、結構まともなことを言っていました。当時はリーマンショックもありましたから、オバマ大統領の誕生によってケインズ政策が復活するのではないかと言われていました。財政出動に賛成する経済学者たちはみんな喜んでいましたよね。ところが、オバマはたった1年ぐらいで財政出動をやめ、経済格差も拡大してしまいました。

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