「あげる」という人生初のビッグな娯楽に目覚める 相手も私もモノも「八方よし」の幸せな関係

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そしてこうなってみると、お金ってものがちょっとわからなくなってきた。

っていうか、お金と幸せの関係ってものがわからなくなった。何しろ、お金を損しても人に譲るほうが、お金で何かを手に入れるよりずっと幸せなのかもしれないんである。

ええと……幸せって何だっけ?

もしかすると、お金もモノも、できるだけ自分でウッシッシと溜め込むことが幸せなんじゃなくて、必要な人に必要なものがうまいこと行き渡る状態が幸せってことなのかもしれない。自分はただその中の一人であれば良いのだ。

そう心から思うことができたなら、何かが足りないと悲しんだり、たくさんのものを持っている他人を羨むこともないのではないだろうか。となれば、少なくとも私自身は永遠に幸せである。

そう気づいてから、私のフリーボックス通いはさらに加速した。

「高かった」「まだほとんど使ってない」という、誰もがモノを手放せない理由ナンバーワンにバッチリ該当するものたちも、躊躇なくせっせと運んだ。だってそういうモノのほうが人様に喜ばれるのである。

その喜びの笑顔を見ることができるなら、モッタイナイどころの騒ぎじゃない。っていうか、誰の笑顔もゲットせぬままわが家の片隅でほったらかしにされてることのほうが、どう考えてもモッタイナイよ!

またボックスに運ぶ前に、洋服は自分なりにせいいっぱい綺麗に洗濯をしてきちんたたみ、食器はピカピカに洗うようになった。できるだけ良いところにもらって行ってもらえるように……従来の私なら「意味のない損なこと」として絶対にやらなかったことだ。

でも今の私は違う。まるで、見合いを世話するおばちゃんのような心境である。良いご縁を結ぶことがマイプレジャーなのである。

ここまでくると、日々「今度は何を持って行こうか」とワクワクが止まらなくなった。消費生活にどっぷり浸かっているうちに、新しい楽しみなんてもうないような気持ちになることもあったけれど、思わぬところにすごい鉱脈を見つけた気分であった。

「もらう」=「人にたかる」ではない

で、ふと思ったのだ。

「あげる」ことがこんなに楽しいのは、喜んでもらってくれる人がいてこそなのである。

もらってくれる人って、何て有難い存在なんだ!

「もらい方」にコツがあることもわかってきた。

まず何よりも、本当に欲しいものを、喜んで「もらう」こと。そして機会があれば、くれた人に、それが手に入ってどれほど役に立っているか、どれほどうれしいかを伝えることである。それを聞いた人はただひたすらうれしく、また何かあげるものがあれば持ってこよう、と心から思うこと間違いなしである。

ダメなのは、タダだからとロクに吟味もせず、使う予定もないのに欲張って持って帰ることである。そういう人のところへ、また何かを差し上げようという人はおそらく一人もいない。

つまりはですね、「もらう」ってことも、幸せをつくりだす非常にクリエーティブな行為なのであった。「もらう」=「人にたかる」などと決めてかかっていた私は、もうまったく完全にスットコドッコイだったのである。

稲垣 えみ子 フリーランサー

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いながき えみこ / Emiko Inagaki

1965年生まれ。一橋大を卒業後、朝日新聞社に入社し、大阪社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員をつとめる。東日本大震災を機に始めた超節電生活などを綴ったアフロヘアーの写真入りコラムが注目を集め、「報道ステーション」「情熱大陸」などのテレビ番組に出演するが、2016年に50歳で退社。以後は築50年のワンルームマンションで、夫なし・冷蔵庫なし・定職なしの「楽しく閉じていく人生」を追求中。著書に『魂の退社』『人生はどこでもドア』(以上、東洋経済新報社)「もうレシピ本はいらない」(マガジンハウス)など。

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