台湾・李登輝が「戦前日本を賛美した」胸のうち

近現代日本は台湾にとってどんな存在だったか

近現代日本は世界にとって如何なる存在だったのか(写真:Oleksii Liskonih/iStock)
近現代日本は世界にとって如何なる存在だったのか――。リー・クアンユー、李登輝、ブトロス・ガリ、アンジェイ・ワイダ、オルハン・パムクら世界の政治家や知識人にインタビューし、それぞれの国が抱えた近代の葛藤と日本への特別な思いに迫った、ジャーナリストの会田弘継氏の新著『世界の知性が語る「特別な日本」』。同書を一部抜粋し再構成のうえ、本稿では「台湾民主化の父」と呼ばれた元総統の故・李登輝への過去のインタビューから近代日本をどう考えればいいのか、そのヒントを探す。

香港の自由と民主主義が失われるのを見るにつけ、台湾の大切さを思う。日本が目標に据えながらうまく達成できない二大政党制による平和裏の政権交代を、台湾は3回もスムーズに果たしている。

そんな例は、東アジアにはほかにない(韓国の政権交代はいつも逮捕劇や自殺などを伴う)。少数民族文化や日本統治時代の歴史も寛容に取り込んで、豊かな文化をかたちづくっているように見える。

壁の中の自由とフェアな精神

1980年代にある老台湾人と出会った。弁護士の張有忠さん(1915~2007)だ。台湾総統として民主化を達成した李登輝(1923~2020)より8歳年上になる。台南の山あいにある小さな村の中農の家に生まれた。弁護士を志し、親を説得し、自身で学費を稼ぎながら旧制嘉義(かぎ)中学、台北高等学校(台高)へと進んだ。1935年のことだ。

「学窓生活において校長・教授は言うまでもなく生徒のすべてが『内地人(筆者注・日本人)だから、または、本島人(同・台湾人)だから』という考え方が全然なく、慈父・兄弟として接することができたこの3年間は、私の生涯を通じて一番幸せであった」(『私の愛する台湾と中国と日本』)

台高時代を振り返り、張有忠さんはそう記している。張有忠さんは台高から東京帝国大学法学部へ進む。台湾総督府が経営する小石川の寮に住み、授業料免除と篤志家の奨学金を受けた。在学中に高等文官試験司法科試験に合格。弁護士になる前に司法官を経験しようと、司法省に願書を出した。

司法省から台湾総督府でのポストを提示された。穂積重遠(ほずみ・しげとお)法学部長に報告に行き、本土での仕事を望んでいたことを打ち明けると、「司法省へ行こう」と言う。直ちに一緒に市電で向かった。「人柄・能力は保証する」との穂積の談判で本省採用への変更はすぐ決まり、司法修習を経て1942年末に大阪地裁判事となった。戦時中のことである。省採用が決まったときには「感激のあまり涙があふれた」という。

張有忠さんの回顧に表れているのは、日本の高等教育における植民地出身者へのフェアな姿勢である。それは明らかに戦時中も維持されていた。エリート社会だけといえば、そうかもしれない。実際、張有忠さんは、そうした自由でフェアな精神が社会すべてに及べば、日本の植民地統治は「世界最高の評価を獲(か)ちえたであろう」が、そうした校風は「校庭を囲む壁に遮ぎられて外に吹きわたることができなかった」と記している。

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