日本に多い「意見の違う相手を攻撃する人」の特徴 いつから私達は他者を思いやれなくなったのか
その背景には、面と向かって議論することが少なくなったことがあるのではと推測します。「自分が正しい」「これが世間の常識」と思っている人は、正面切って自らの意見を言うことは、あまりありません。それは本当に考え抜いた、その人の意見ではないからです。そして自分と違う意見や反対意見が出ると、「その意見は聞きたいとも思わないから、受けつけない。私には関係ない」と、話し合いの席に着こうともしません。
多くの人は、お互いの意見を面と向かってぶつけ合う経験を重ねることで、相手の意見を尊重すること、お互いの落としどころを見つけることの大切さを学んでいきます。しかし、昨今、面と向かって議論をする経験が乏しくなり、自分の意見が否定されたり、相手の意見を受け入れなければならなくなることに慣れていない人が増えているように思います。コロナ禍以降、対面で議論する場面はますます減ってしまいました。
「自分の身内」以外はどうでもいい
高度経済成長期やバブル期のように、努力すればそれに見合うだけの見返りがあった時代は、努力が報われる時代でした。人々は、未来は今よりももっといい時代になると本気で信じていました。
しかし今の時代は、努力をして一生懸命働けば必ず給料が右肩上がりになり、昇進に結び付く、という時代ではありません。だったら、努力なんかしないでそこそこの給料をもらって、プライベートで楽しみを見つければいい、と考える人が増えました。
そうなってくると、自分と自分の身内だけが大切で、その他の人のことはどうでもいいと考えるようになります。すると、他者と議論してお互いを理解しようとすることも面倒くさくなるというわけです。
でもちょっと待ってください。他者のことをどうでもいいと考えている人が増えているのならば、他の人が何をしようが関心がないわけですから、放っておけばいいはずです。それなのに、SNSで相手の意見をひたすら攻撃する人がいます。
つまりここでいう他者とは、2種類に分類されると思います。意見を言わない他者は、自分にとって人畜無害の存在。こういう人たちは、本当にどうでもいいので放っておく。けれど、自分の意見と合わない他者は、不快だから排除しようとバッシングをするわけです。自分と意見が合わない人を不快だと感じるのは、同調圧力に近いかもしれません。
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