「ヤクザの逃走に利用された」
「車中で性行為に及ぼうとしたカップルを制止したら、某有名人だった」
一乗車につき、1つ用意されたストーリーの数々は、機知に富んでいた。いつしか、海野さんと過ごすほんの数十分の時間は、筆者の中でささやかな楽しみとなっていた。
筆者は地方を含めるとこれまで100人を超えるドライバー、20人以上の経営者にも話を聞いてきた。タクシーの乗車回数も優に百回を超える。
失礼を承知で言えば、コロナ禍の世相に対しての怒りを内包し、もがきながらも懸命に生きる姿に惹きつけられた。ドライバーたちはIT業界のようなスマートさもなければ、ユーチューバーなど動画配信者のようにキャッチーな言葉を紡ぎ出すこともない。芸能界のような華やかな世界とも無縁だ。しかし、どんな取材の現場よりも、彼らの言葉は血が通っていた。
そして土地勘のない地方に出張に行った際は、タクシーは心強いナビゲーターになった。大都市と比べて選択肢が少ないゆえ、手頃な飯屋や呑み屋を聞くと、まず外れはない。時には、探していた関係者を探し当てるために知人を当たってくれた慈悲深い人物もいた。ドライバーによる当たり外れも大きいが、車中での会話は、訪れた土地を色づけていった。
コロナ禍で日に日に落ちていった売り上げ
そんな中、二度目の緊急事態宣言が出た後に海野さんから相談を受けた。
それは、タクシードライバーを辞めて、かたくなに拒んでいた故郷へ帰るかどうか迷っているというものだった。日に日に落ちていく一日の水揚げ(売り上げ)はついに3万円を切り、緊急事態宣言下では乗務をほぼ休んでいた。それでも国は助けてくれない。こんな状態でタクシードライバーを続ける意味はあるのか、と何度も繰り返し訴えていた。
「茨城県は個人タクシーがない場所でね。地元でドライバーをする友人によれば、フルで働いても15万円を切るらしい。今さらそんな金額で会社勤めをする体力もない。国は私たちに死ね、と言っているようなもんですよ。金は全然ないし、生活は不安です。だけど、今の状況が続く中で、東京でタクシーを続けるほうがよりツラい選択に思えたから……」
これは、海野さんに限らず、コロナ禍を生きるタクシードライバー全員に共通する悲鳴にも聞こえる。
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