タリバンが「女性蔑視思想」を築いた3つの背景 イスラム法からタリバンの思想を読み解く

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イスラム法の拠り所となる主要な法源は、「聖典コーラン」と「スンナ(預言者ムハンマドの行動や決定事項)」の2つである。しかし、これだけでは社会の問題のすべてを網羅できないため、法学者の合意であるイジュマー、似たような事象から類推して法を導き出すキヤースがある。これに加えて、公益などを意味するマスラハも法源とされる。

イスラム教が誕生した7世紀のアラビア半島は、戦乱が絶えない混沌とした世界で、女性の権利が蹂躙される場合も多かった。そうした中で女性の権利に配慮したイスラム教は当時、先駆的な宗教だったが、今の時代にそぐわない面がでてきていることは否めない。

特に、ムハンマドが最後の預言者とされ、コーランの無謬性が広く信じられていることが問題を複雑化させている。タリバンのように当時の考え方や社会の在り方が理想的だとして、現代社会にシャリーアの規定をそのまま適用して軋轢を生むことも少なくない。

イスラム法には児童婚を正当化する根拠も

例えば、4人までの妻帯が認められる一夫多妻制は多くのイスラム諸国で認められている。児童婚も、イスラム諸国でしばしば見られる現象である。一夫多妻は、戦乱で多く存在した寡婦を救済するための制度としてイスラム草創期の社会では有効に機能した。

しかし、現代社会では、特に女性側からの拒否反応が強い。チュニジアでは、一夫多妻を容認するイスラム法よりも、西側から導入した近代法を優先させ、一夫多妻を禁じている。

児童婚も、タリバンを含めてイスラム圏で問題になることが多い。伝統的なイスラム法の解釈で児童婚が容認されているという主張の根拠の1つが、離婚について記述されたコーラン65章4節である。この中では、「月経のない者」にも言及されており、児童婚が認められている証しとの主張がある。

さらに、ムハンマドの3番目の妻アーイシャの結婚時の年齢も、宗教指導者らが児童婚の正当性を主張する際にしばしば持ち出される。アーイシャの正確な結婚時の年齢については論争があるが、一説では「ムハンマドはアーイシャが6歳の時に結婚し、彼女が9歳になってから実際の結婚生活に入った」と言われている。

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