銀行包囲網は確実に狭まりつつある 『銀行は裸の王様である』を読む

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借金が膨らみ負債比率が極端に増すと、倒産確率は高まる。このため借金の多い企業への融資を銀行が敬遠することは少なくない。成長企業ならともかく、企業自らも借金増大で存続が危うくなるのを避けるため、経済が成熟してくると借金を抑制する。金融危機後、米国でも企業が借金を抑制し、自己資本比率を高める動きが観測される。

しかし例外もある。金融危機の震源地だった銀行だ。他産業に比べ自己資本比率は相当に低い。融資が商売だから自己資本比率が低いのは当然なのか。ただ、20世紀初頭、自己資本比率が25%前後という米銀は少なくなかった。厚い自己資本があれば、不良債権が生じても政府に頼らず自力で解決できる。金融危機の際、銀行へ大規模な公的資本が注入された。過ちを繰り返さないため、自己資本充実を迫るが銀行は強く抵抗する。

預金保険制度の副作用

銀行の言い分は、自己資本のコストは相当高く、自己資本比率を高めるにはバランスシートを圧縮しなければならない、というものだ。確かに銀行が融資を圧縮すればマクロ経済に大きな悪影響が及ぶ。しかし、他産業では自己資本比率を高めるために、バランスシートを縮小するといった話はまず聞かない。銀行だけが自己資本のコストが高いとなぜ考えるのか。

理由ははっきりしている。銀行の負債は預金だが、本来、負債が多い企業には、倒産確率の高まりを恐れて貸し手は資金を提供しない。しかし、預金の場合は政府が保証する預金保険の存在ゆえ、銀行の負債比率が高くても、預金者は預け入れに躊躇しない。銀行取り付けによる金融危機を回避するため預金保険は有用な制度だが、その副作用で銀行への規律が働かない。勝ったときは自分の儲け、負けたときは政府の損という構図ができあがる。銀行は負債のコストが極端に低いため、自己資本のコストを相当高く感じるのだ。

他人のおカネでギャンブルができるため、より大きな勝負に出たというのが、米国の金融危機の構図だ。資本利益率に経営者のボーナスが連動する報酬体系となっていることもリスクテイクを助長してきた。

本書、『銀行は裸の王様である』(東洋経済新報社、4000円+税)の主張が日本に当てはまるかは議論が分かれるが、米国については異論の余地はないだろう。総資産の2~3割までの自己資本の引き上げを義務付ければ、納税者負担の少ない安定した金融システムが構築できると主張する。ただ銀行は共和党にも民主党にも相当に食い込んでいるから、本書の主張する改革は決して容易ではない。とはいえ、銀行包囲網は確実に狭まりつつあるようにも見える。金融機関に長年勤める評者としては深く考えさせられる一冊だ。

著者紹介
Anat Admati:米スタンフォード大学金融経済教授。米イェール大学にてPh.D.取得。米FDIC(米国連邦預金保険公社)のシステム上重要な金融機関の破綻処理諮問委員会(SRAC)委員を務める。
 
Martin Hellwig:独マックス・プランク公共財研究所ディレクター。米マサチューセッツ工科大学にて経済学のPh.D.を取得。欧州システミックリスク委員会の専門諮問委員会(ASC)の初代議長を務める。
河野 龍太郎 BNPパリバ証券経済調査本部長

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こうの りゅうたろう / Ryutaro Kono

1964年愛媛県生まれ。1987年横浜国立大学卒。住友銀行、大和投資顧問、第一生命経済研究所を経て2000年から現職。政府の審議会などの委員を歴任。近著に『金融緩和の罠(共著)』(集英社新書)など。

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