なぜ第一次世界大戦は、総力戦になったのか 『第一次世界大戦』を書いた木村靖二氏に聞く

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きむら やすじ●独立行政法人大学評価・学位授与機構名誉教授。専門は欧州近現代史、ドイツ近現代史。1943年東京都生まれ。東京大学文学部を卒業。東大大学院人文科学研究科博士課程中退。独ミュンヘン大学に留学。茨城大学助教授、立教大学教授、東大大学院人文社会系研究科教授、立正大学文学部教授を歴任。

「現代の始まり」といわれる第1次世界大戦の開戦から100年。なぜ誰も予想しなかった経緯をたどり、総力戦(全体戦争)へと拡大したのか。「戦争という魔物」の実相に迫る。

──当初、短期間で終わると誰もが思っていたのですね。

列強国体制の下では、相手の主力が戦場で大打撃を受けたらそれでおしまい。19世紀の戦争は、相手の国を決して潰さない。負けた国が賠償金を払う、あるいは辺境の地を譲渡することで手を打ち、本国には手をつけないのが一般的な習いだ。列強国を消すとバランスが崩れ体制に影響するからだ。大戦直前のバルカン戦争で、準列強といっていいオスマントルコの首都イスタンブールが陥落しそうになった。そのときも列強はそろって戦争停止を言い出した。トルコが潰れたら国際社会がガタガタになると見て、止めに入った。

みんなが間違えを犯した結果、大戦に

──なぜ大戦になったのですか。

列強の威信維持と相互の読み違いが重なった。簡単に言えば、みんなで間違えた結果だ。

まず為政者が時代を読めなかった。列強体制は下が上の言うことをつぶさに聞くことで成り立つ。つまり中小諸国や欧州以外の国はその意向に従うのが前提になっている。もし従わなければ武力でたたく。植民地も同様だ。文明の遅れた連中は当然欧州列強の文明と力に従うべきだ、と考えていた。

ところが、時代はナショナリズムの勃興期。バルカン諸国も欧州列強のようになりたい。自分たちも近代化したいし、一つの民族国家を作りたい。その自覚が強まった。その時代状況を列強がきちんと認識しなかった。

列強の皇位継承者が暗殺され、列強のメンツ問題が急浮上する。メンツを潰されて何もしないわけにはいかない。しかも、その前に2次にわたるバルカン戦争をはじめ、しだいに思うままにいかない状況になっていた。これを機に当事国をたたいて威信を示しておこうという議論が優勢になる。バルカン諸国の背後にはロシアがいて、ドイツにとってはトルコ、中東への途上にあり、英国にはインドに加えスエズ運河が危なくなってくるという事情もあった。

──大戦の対抗関係は、連合国側・英仏米と同盟国側・独墺(オーストリア)土(トルコ)ですね。相互の読み違いとは。

これが肝心なところで頻発する。それは、オーストリアの最後通牒の遅れ、ロシアの部分動員令の1日だけの発動から始まる。部分動員令を出しておけばオーストリアは引き下がるだろうと、両国の国境地帯に発令するが、ドイツと接した鉄道の活用なしでは動員をかけても意味がない。そこでロシアは翌日に総動員令に切り替えた。ドイツ側から見れば自分のところにも圧力をかけていると読める。ロシアはその実情を説明しない。ならばドイツも総動員令を出すとなった。そういう行き違いがいくつも重なり、互いに相手の意図を読み間違い、戦闘が本格化していく。

──西部戦線は陣地戦、東部戦線は機動戦といわれます。

1915年以降のような陣地戦は欧州で従来なかった。こういった動かない戦争は昔の都市や要塞の包囲戦だけだった。長期に長い塹壕(ざんごう)で双方にらみ合って動かない。結局大砲の威力が焦点で、映画でよく見るような白兵戦はまずない。砲戦は敵を見ない戦争であり、はるか先に砲弾が落ちていく。北仏国境に近いヴェルダンのように面積が山手線の内側の半分もないような地域に、両軍合わせ1000万発の砲弾を打ち込んでいる。「大砲が攻撃して歩兵が占領する」という戦法が主流だった。

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