評者 河野龍太郎 BNPパリバ証券経済調査本部長
ユーロ危機が長引いているのはなぜか。一般に経済危機に直面した国では、危機の過程で生じる資本逃避が通貨の大幅減価をもたらし、それが輸出回復につながって景気回復が始まる。南欧の場合、ユーロ圏に残る限り、貿易量の多い独仏に対し通貨を減価させることができない。景気の大幅悪化で賃金や物価を下落させ、競争力を回復させる手立てしか残っていないが、そうなると銀行危機や財政危機は収束しない。
そもそも最適通貨圏ではないところでの通貨統合が誤りだった。ただ、多くの専門家が発足時に懸念した形で危機が起こったわけではない。ユーロ統合後、あたかも財政統合まで行われたかのように、財政力の高いドイツと財政力の弱い南欧の国債が同じ金利水準まで買い上げられた。そのことが、最大のバブルだったと言える。
新興国に対するキャリートレードでは、固定的な為替レート制が崩壊することがテールリスクだが、通貨統合でその可能性は排除されたと考え、南欧に大規模な資本流入が生じ、不動産価格の暴騰や財政膨張をもたらした。その巻き返しが、現在の危機にほかならない。
日本でのユーロ危機に関する議論は、ロンドン市場の視点に立ったものが多く、偏りがある。本書は、欧州大陸での政策当局者の議論なども広範に盛り込んでおり、ユーロの将来を考えるうえで、大変参考になる。
筆者は問う。大規模な資本逃避が続く中で、なぜ南欧諸国が3年も生きながらえているのか。実は、欧州独自の中央銀行の資金決済メカニズムを通じ、ドイツから南欧に大量の資金供与が今も続いている。この資金移転をいつまで容認することができるかが、今後の鍵を握る。
本書は、大胆な二つのシナリオを提示する。南欧諸国は財政主権を捨て、ドイツ流の財政健全化策の導入を条件に財政支援を受け、生き残りを図る。もう一つのシナリオでは、ドイツ国民が南欧支援の負担に耐え切れなくなり、北部の財政健全国と共にユーロを離脱する。評者は前者の可能性が高いと考えていたが、本書では後者の可能性が高いとされる。
ユーロ導入は、東西統合で強大化するドイツが再び欧州の覇権を握ることを回避するため、独仏の共同統治の方策として、フランスが提案したものだった。ドイツ帝国が誕生するにせよ、ユーロ解体で大混乱が生じるにせよ、創設の意図と全く逆の結果がもたらされ、歴史の皮肉を感じずにいられない。対症療法が施されたことから、欧州の金融市場は落ち着いているが、問題は全く片付いていない。単なる慢心にしか見えない。
たけもり・しゅんぺい
慶応義塾大学経済学部教授。1956年東京生まれ。慶大経済学部卒業。同大学院経済学研究科修了。同大学経済学部助手。米ロチェスター大学より経済学博士号取得。著書に『経済論戦は甦る』『中央銀行は闘う』『世界デフレは三度来る』『資本主義は嫌いですか』。
日経プレミアシリーズ 934円 275ページ
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