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変形してしまった「バブル五輪」をどうすべきか コロナでややこしくなった東京五輪で考えた

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  • 小幡 績 慶応義塾大学大学院教授
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世界選手権のような大会は、ファンダメンタルズから離れた状態である。すなわち、スポーツをするためにスポーツをする、競技がしたくて競技をする、というところから乖離してしまう。だから、バブルである。

しかし、現代のスポーツ競技においては、このバブルが前提となってすべては回っている。今は厚底やばね入りのシューズなどを履かなければ、勝てないどころか、選手権の舞台にもほとんど立てない。それが人間の運動能力を結果的に低下させるものだとしてもだ(厚底靴を使用してマラソンで2時間を切るとは、逆に言えばその厚底靴なしでは、以前の厚底なしでトレーニングしていた時に出せた2時間5分という記録は、もはや不可能になるかもしれない。能力は劣化するのだ)。

これらは人間の運動能力を高めるというスポーツ、競技のファンダメンタルズから乖離したバブルであるが、これなしでは誰もスポーツ競技を続けていけない。だから観衆のいる世界選手権は、必需品としてのバブルとなったのである。

当初、オリンピックには崇高な軸があった

さらに、オリンピックも19世紀に考案され、その後、世界的なイベントとなっていった。

しかし、このときには、オリンピックは偉大なアマチュアリズムという、しっかりとした、そして崇高な軸があった。

この軸が完全に失われるのが、1984年のロサンゼルスオリンピックである。その過程は明らかだろう。1976年のモントリオールの次の1980年のモスクワでは、アフガニスタン問題を理由として、アメリカが世界の国々にボイコットを呼びかけ、オリンピックが一気に政治化した。

日本の人々のなかには「悲劇のマラソン選手・瀬古利彦」を象徴として記憶している人も多いかもしれない。この政治対立をきっかけとして、崇高なオリンピックが終焉へと向かい、ファンダメンタルズおよび、それに密接に結びついた「必需品としてのバブル」の形をとどめていた「従来型のオリンピック」を消滅させていく。

モスクワ五輪に対抗するために、次に開かれたアメリカでのロサンゼルスオリンピックはあらゆる意味で成功しなければならなかった。それはエンターテインメントしても、ビジネスとしても、そして西側自由世界の勝利としての、盛大で華やかなオリンピックをつくりあげた。

アメリカはオリンピックでソビエト連邦に勝ち、その後、同国や西側世界は冷戦にも勝利した。そして、現在につながる、冷戦崩壊による平和の配当という地政学の新しいファンダメンタルズに基づく、壮大なバブルが始まった。共産主義経済の市場経済、金融市場経済への移行は、投資銀行に大きなバブルをもたらした。

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