変形してしまった「バブル五輪」をどうすべきか

コロナでややこしくなった東京五輪で考えた

オリンピックは運動の競技会ではないのだろうか。もちろん、れっきとした運動の競技会だ。では「世界選手権と何が違うのか。他の世界大会と同様に行えばよいではないか。オリンピックが特別だ、というのはおかしい」という意見はどうか。これも正しいし、個人的には賛成だが、現実は異なっている。

競技会、世界選手権、オリンピック。この3者は、それぞれ「ファンダメンタルズ」「必需品としてのバブル」「バブルとしてのバブル」であり、それが3者の違いであり、本質である。

もちろんオリンピックも競技会である。スポーツの能力を競い合う。これが第一義的な本質であり、ファンダメンタルズ(基礎的条件)である。これがなければ、何も存在しない。

そのような素晴らしい人間の運動能力を見て、人々は驚嘆し、感動し、尊敬する。感動や尊敬は、人間として(個人的にはすべての生物は感動という感覚を持っていると思うので、生物としてだが)基本的な活動であり、良いことである。それなら、その機会を社会で分かち合おうと考える。そして観衆が生まれる。

「世界選手権の構造」とは?

当初は、見世物の決闘と違いがなかったかどうかはここでは置いておき、とりあえず、今は、それはなかったものとしよう。そして、これを世界レベルで組織的に動員するという習慣が生まれる。これが世界選手権だ。

この世界選手権がなくとも、社会は回るし、人々は生きていける。しかし、つまらない。感動のある生活、社会には潤いが必要だ。そして、近代の成立とともに、このような「ぜいたく」は、社会と経済に必須のものになった。

トマス・ロバート・マルサスの『人口論』にあるように、近代社会では労働力の再生産可能水準を超えて、一人当たりの食物は増え、人口が増え始める。さらに経済が拡大すると、このマルサスメカニズムを超えて、一人当たりの所得や資産が、金銭という交換を前提として、膨らみはじめる。

こうなると、この余剰の消費が経済の維持、持続にも必要になってくる。富裕層が、ぜいたく消費をすることで、低所得者層の仕事の機会が増える、所得が得られる。いったん、これを前提に経済が循環し始めると、ぜいたく消費が減少すると、労働者である低所得者層は、失業してしまう。これが、近代であり、近代資本主義が生み出したものである。

これが世界選手権である。観客が常に存在する。競技者も、観客がいることが前提になる。観客に応援され、賞賛され、興奮し、快楽を得る。この快楽を得るために、努力し、奮起する。その結果、競技者のレベルが上がる。さらに、競技が感動的なものになり、観客の喜びも増す。好循環である。

しかし、これが前提となると、観客がいない競技会ではパフォーマンスが落ちる。マイナーな観客が集まらない競技の競技者は競技を続けるのを止める。観客、聴衆なしでは、競技会も競技もそして競技者という存在も危うくなっている。

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