「妻の出世で家庭崩壊」40代仮面イクメンの告白 理想の家庭を追い求めた夫婦の驚くべき数年後

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妻によるDVのきっかけが、自分が“モラハラ夫”だったためというが、モラハラは無自覚のうちに行為に至るケースが多い。どの時点で妻への行為がモラハラであったと認識したのか。

「妻からDVの理由が僕のモラハラであったと、はっきりと指摘されたわけではありません。ただ……DVが治まってから妻に、僕の『冷たい態度や言葉がとてもつらかった』と言われて初めて自覚したというか……。正直、いつからだったかは覚えていないのですが、妻が課長になった頃だとすると、もう5年になりますからね。妻から受けたDVの期間の数十倍もの長い時間、彼女は僕のモラハラに苦しんでいたんです」

つらい出来事を思い出させるようで心苦しかったが、聞いておかねばならない。

「具体的にどのような言葉や態度だったか、覚えている範囲で教えてもらえますか?」

「前にお伝えしていたとおり、妻とはほとんど面と向かって話はしていなかったんですが、つぶやいたり、妻の後ろから小さい声で言葉を吐き捨てたり、それから時々にらみつけていたんじゃないでしょうか。今メモを見ながら、背筋がゾクッとしました」

〈夫婦じゃなくて、男2人みたいだな〉

〈役員からも気に入られて、同期の男たちはお手上げだろうな〉──。

生気のない顔で、田中さんはメモしてきた言葉を平坦な口調で読み上げた。

モラハラを自覚した衝撃

2020年末の取材以来、田中さんの妻には話を聞きたい旨、彼を通してお願いしてきたのだが、21年春、電話での取材を了承してもらった。ご本人の承諾を得て、内容の一部を紹介する。

「私たち夫婦はともに仕事も家庭も頑張ってきたんですが、どこかでボタンを掛け違えてしまったように思います。それは、女性の管理職登用や男性の育児参加を促す社会の動きも影響していたのかもしれませんね。(略)息子ももう高校3年生になりましたし、これからは夫婦2人の時間も大切にできればと思っています」

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感情の表出を抑えた澄んだ声が最後のほうでかすかに震え、余韻がしばらく耳に残った。

時代とともに変容する夫婦の関係性・ありようは、モラハラをいっそう複雑化させ、深刻度を増している。アメリカの社会学者、アーリー・ホックシールドは、フルタイムで働く女性が増えて共働き家庭が浸透する過程において、家庭と職場の逆転現象が起きていると指摘する。すなわち、夫婦ともに疲れ果て、家庭では仕事を処理するかのように効率的に時間を使い、職場は家庭の面倒なことから逃避する安息の場となっているというわけだ。

田中家の一件は、理想の夫と父親、そしてよき妻と子どもを追い求めすぎたために、行き着いた惨劇ともいえるだろう。男は一家の大黒柱として妻子を養い、家族の精神的支柱であるといった伝統的な「男らしさ」規範から逸脱した“落伍者”としての自分を認めたくない。それゆえにおう悩し、隘路(あいろ)にはまってゆくのである。

奥田 祥子 近畿大学教授、ジャーナリスト

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おくだ しょうこ / Shoko Okuda

京都市生まれ。元読売新聞記者。博士(政策・メディア)。1994年、アメリカ・ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了後、新聞社入社。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。専門は労働・福祉政策、ジェンダー論、メディア論。2000年代初頭から社会問題として俎上に載りにくい男性の生きづらさを追い、対象者一人ひとりに継続的なインタビューを行い、取材者総数は500人を超える。2007年に刊行した『男はつらいらしい』(新潮社、文庫版・講談社)がベストセラーに。主な著書に、『男性漂流 男たちは何におびえているか』(講談社)、『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社)、『夫婦幻想』(筑摩書房)などがある。

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