「妻の出世で家庭崩壊」40代仮面イクメンの告白 理想の家庭を追い求めた夫婦の驚くべき数年後

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田中さんとの出会いは、2002年にさかのぼる。当時、男性の育休取得率は0.33%と1%にも満たず、「イクメン」という言葉・概念が登場する5年以上前。自治体の男女共同参画センターが主催した、当時としては先駆的な取り組みである「父親講座」を取材した時のことだった。

翌年、田中さんは30歳で男児の父親になった。田中さんが参加するパパサークルの活動も波に乗っているようにみえたのだが、2006年のインタビューで田中さんは眉をひそめ、本音を打ち明けてくれた。

「みんな、わが子の子育ての楽しさや充実感を語る一方で、悩みや愚痴などネガティブな部分は努めて話さないようにしているようで……。もともと僕自身、父親としての不安や戸惑いなどを一緒に乗り越えていきたいと思っていたんですが……やっぱり、男同士というのはなかなか難しいものですね」

妻に認めてもらうための”仮面イクメン”

それからというもの、田中さんの父親としての苦悩は増す一方だった。主任に昇格して仕事量が増えたため、帰宅時刻は以前よりも遅くなっているという。次第に父親としての悩みの要因は、単に保育所に通う長男とともに過ごす時間が十分に取れないことだけではないように思えてきた。

複雑な心情を語ってくれたのは2009年のこと。当時36歳の田中さんは、視線を取材場所のコーヒーショップのテーブル上に落としたまま、淡々とした表情でこう打ち明けた。

「僕は、イクメンのふりをしているだけなんです」──。

田中さんはそう言ったきり、言葉を続ける気配はない。どうインタビューを展開していけばいいのか、考えを巡らせていたそのとき、彼が静かに語り始めた。

「父親として息子の成長を見守り、子育てを楽しみたいという思いとともに、家事・育児を分担して仕事を頑張っている妻を応援したいとも考えてきました。ただ……妻が、仕事で能力を、発揮して、頑張れば頑張るほど……そのー、何というか……」

沈黙が再び訪れる。育児そのものよりも、自身の仕事も含めた、妻との関係が影響しているのではないかと直感した。

「奥さんの仕事での活躍と、ご自身を比較されて、ということなのでしょうか?」

「そうですね。僕はたくさんの仕事をこなして会社に貢献しても、上司からは何の評価もされない。同期の中には実績を上げ、課長に昇進した奴もいるんです。妻は……以前のように僕に仕事の愚痴をこぼして、アドバイスを求めるようなこともなくなった。もう僕を頼る必要がなくなったんですね」

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