40歳で引退サッカー中村憲剛が説く「勝利の哲学」

いくつもの逆境を乗り越えた彼が見た世界

第一線で活躍し続けてきたサッカー界のレジェンド中村憲剛さんに聞く、勝利の哲学とは(写真:20’s type編集部)
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昨季限りで、サッカーJリーグ・川崎フロンターレでの18年にわたる選手生活に別れを告げた中村憲剛さん。現役時代は、大卒ではJ1最多出場となる471試合に出場し、三度のリーグ優勝に大きく貢献。また、2010年ワールドカップ南アフリカ大会代表に選出されるなど、日本を代表する選手の一人としてサッカー界を支えてきた。
しかし40歳まで第一線で活躍し続けてきたレジェンドも、決して順風満帆な道を歩んできたわけではない。その人生をさかのぼると、体格に恵まれずくじけそうになった少年時代、無名のテスト生からスタートしたフロンターレとのプロ契約など、いくつもの逆境に立ち向かってきた。
それでもなお、プロサッカー選手として輝かしい成績を残せたのはなぜなのか。“中村憲剛の勝利の哲学”を聞いてみると、20代ビジネスパーソンが「結果を出す」ために必要なマインドが見えてきた。

大好きなサッカーを一度辞めた

中村憲剛さん 大卒ではJ1最多出場となる471試合に出場し、三度のリーグ優勝に大きく貢献。2010年ワールドカップ南アフリカ大会代表に選出されるなど、日本を代表する選手の一人としてサッカー界を支えてきた。昨季限りで選手を引退

周りに比べると成長の速度が遅く、小学6年生で身長は140cmにも満たなかった少年時代。自らが思い描くようなプレーができなかった中村さんは、中学時代に入ると、そのイライラを、チームメイトや監督、環境などに責任転嫁し、自暴自棄に陥った。

本記事は新世代の「働く力」育成メディア20’s type(運営:キャリアデザインセンター)からの提供記事です。元記事はこちら

中学時代、一度はクラブチームへ入団したものの、半年後にはサッカーから離れることに。それでもしばらくすると、やはり「自分にはサッカーしかない」とフィールドに戻る決意を固め、そこからは脇目も振らずにサッカーに打ち込んでいったという。

「当時は本当にしんどくて、人生最大の挫折と言ってもいいくらい。でも今になって、あの時大好きなサッカーを一度辞めたことで、サッカーへの情熱が増し、どんなにつらくてもやり続けるという考え方を持つことができました。

そこからですね、うまくいかない時に『自分の長所と短所』、『得意なことと不得意なこと』をちゃんと分析するようになったのは。試合に出るためにはどうすればいいのか、そのためには普段の練習で何をやればいいのかを常に意識するようになりました」

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