「自分の思い通りにしたい」煩悩との付き合い方 常に「自分は善人ではない」と意識しておきたい

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これはどんな聖人でも同じでした。浄土真宗の宗祖である親鸞聖人は、まさに自分自身を深く顧みて、自分の本性をこのような言葉で残されています。

悪性(あくしょう)さらにやめがたし
こころは蛇蝎(じゃかつ)のごとくなり
修善(しゅうぜん)も雑毒(ぞうどく)なるゆえに
虚仮(こけ)の行とぞなづけたる
(『浄土真宗聖典註釈版』)

現代語訳するとこのようになります。

悪性を終わらせることは極めて難しいことである。
つまり、心は毒蛇やさそりのようなものである。
善行をすることも、実際は毒されている。
それ故、善行を嘘、偽りの行と呼ぶ。

親鸞聖人がこのようなこの言葉を綴られた背景を説明します。
親鸞聖人は、9歳から29歳までの20年間、比叡山にて厳しい修行に勤しまれました。その修行の厳しさは、想像を絶するものです。

例えば、「常行三昧」(じょうぎょうざんまい)といって、一定期間(7日から90日)、阿弥陀如来像の周りを歩きながら、念仏をとなえる続ける行。

「回峰行」といって、一定期間、深夜から朝方にかけて、30kmの山道を定められた礼拝の場所に立ち寄りながら歩きます。諸条件がさらに加わったうえで、これを7年かけて1000日間続けると、有名な「千日回峰行」になります。

その他、まだまだ多くの修行がありますが、親鸞聖人はそれらの行を20年間続けられたと言われています。

しかし、どれだけ厳しい修行に勤しんでも、ぬぐい切れなかったものが「煩悩」という名の「自分を中心にして計算する心」でした。ある意味、人間の本性を綴られたのがご紹介した言葉です。

完璧な人間も、善人な人間もいない

では、「自分の思い通りにしたい」という思いは、一体どのようにすればよいのかということになると思います。

結論を言うと、野放しにして問題ありません。しかし、その前にとても大事なことがあります。それは、「自分は決して完璧でもないし、善人ではない」ということを自覚することです。

なぜならば、真剣にそう自覚することで、言動は自然と謙虚な姿勢になるからです。逆効果ではないかと思うかもしれませんが、実はそうではないのです。本当に自分の本性を認めたとき、人は頭が下がり、腰が引くなるものなのです。

結果的には、これが「自分の思い通りにしたい」という感情を抑制します。しかし、気が付けばその思いにのみ込まれてしまうこともあると思います。

その時は、再度「自分は善人ではない」ということを言い聞かせてください。すると、改めて言動を謙虚な姿勢に戻すことができます。おそらくこの繰り返しが続くことになりますが、それでいいのです。

これが人間です。立ち止まっては軌道修正するということを意識し、やり直しはいくらでもできるということを忘れずに過ごしてみてください。

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アルファポリスビジネス編集部

アルファポリスはエンターテインメントコンテンツのポータルサイト。小説、漫画、書籍情報などを無料で配信。最近はビジネス系の記事にも力を入れている。

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