「病を患う姉」の横で"いい子"を演じた妹の代償 「手のかからない子」が大人になり直面した事態

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「そのとき1回だけ、思ったんです。『こんな楽しいときに、またどうせ(姉が)腕を切ったか、何か変なものを食べて吐いたかしたんやろな、そんな日常茶飯事なことに私を呼ぶな』って。『私は友だちとお泊まりで、明日も遊ぼうって話してるのに、そんなしょうもないことで呼ぶなよ』って正直思っちゃって。そうしたら父が家から走ってきて、耳元で『お姉ちゃんが死んだ』みたいなことを言われて、大急ぎで帰ったんです。

家に着いたら廊下で祖母が泣き崩れていて、母は警察に事情を聞かれていて。姉の自室がある2階に上がろうとしたら、警察の方に止められて、リビングに行ったら真っ暗な部屋で、5歳の妹が一人で、うずくまっていて。妹が第一発見者だったんです。いたたまれずに抱きしめにいったら、何を見たか話してくれて」

それはドラマか映画のなかの出来事のようでした。遥花さんはその日のことを「ものすごく鮮明」に記憶しているのですが、「自分がそこにいた感覚はあまりない」といいます。

この日以来、遥花さんは妹さんと、姉が亡くなったときのことを話していないそうですが、でもなんとなく「お互いに共有しているものはある」とのこと。遥花さんも、妹さんも、それをひとりで抱えずに済んだことだけは、救いのように感じられます。

姉が亡くなってからも、自分は「ちょうどいい子」だったと遥花さんは振り返ります。親せきや両親の知人たちは、両親や幼い妹のことばかり心配し、遥花さんには「あなたが家族を支えるんだよ」と声をかけたのでした。

自分はほかの子とはちょっと違うようだ、と気付き始めたのは中学生の頃でした。友人らの悩みを聞いて「あれ? 私の悩みって人より重たくない?」と感じたのです。「お母さんがうっとうしい」「お父さんが気持ち悪い」などといった話をする子よりも、「DVで逃げてきた家族」の話をするような子のほうが話しやすかった、と当時を振り返ります。

「自分頑張ってるって、認めていいんやで」

空気を読むのが、変にうまくなってしまったらしい。そう気付いたのは、社会人になってからでした。あるとき、勘のいい上司が「誰かがピリついていると、あなたはすぐいなくなる。育った家が、すごくしんどかったんじゃない?」と指摘してきたのです。

「その上司には、あなたはなんでも『ハイ』って言うことをきくし、怒られても『わかりました』って受け止めて、感情が見えないとも言われました。周りの同期の子は、怒られたら嫌な顔をしたり、しょげたりするけれど、あなたにはそれがない。もっと感情を表現していいんだよって。私は全然そんなつもりはなかったんですけれど、そう言ってもらって初めて、空気を読む癖がついてしまっているのかなって気付いたんです。

子どものときを改めて思い返すと、両親の目はどうしても一番は姉だし、その次はやっぱり幼い妹だった。私はそれを『そうだよね、親もいまは大変だよね、仕方ない』みたいに甘んじて受け入れてしまっていて、『私のことも見てよ』みたいなアプローチはしてこなかったんです。そこからきているのかな、って」

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