高杉良82歳、経済の深淵を描き続けた男の快活人生 自伝「破天荒」は最後の作品になるかもしれない

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経済小説で数々のヒット作を連発してきた高杉良氏(写真:©新潮社)
「これが私の最後の作品になるかもしれない」。82歳の経済小説の巨匠・高杉良は、加齢黄斑変性の影響で視力の衰えた目を細めた。4倍の拡大鏡を使って必死に原稿用紙のマス目に向かい、ふり絞るようにして書きつけた「最後となるかもしれない物語」。高杉良の最新作『破天荒』(新潮社)は、業界紙記者であったかつての自分を主人公として日本経済の青春期を描いた、まさに渾身の自伝的経済小説だ。
高校中退で石油化学新聞社へ。学歴もコネも実績も「大手新聞社の名刺」も何もなく、武器となるのは己の類いまれな筆力と、相手の温かい懐へするりと入って話を聞き出す度胸のみ。そんな20歳前の高杉が戦後日本経済の激動をダイナミックに駆け抜けてゆくさまには、胸がすく。
だが、ここ数年の高杉には、晩年を意識したからこその「ある意図」があった。いずれ筆を折る前に自ら作品に記しておきたかった事実、そしてその理由とは——。(文中敬称略)

「取材の時にいっさいメモも録音も取らなかった」

作家・高杉良が住むという都内高級住宅地のマンションは、ちょっと他には見当たらないほどの重厚な物件だった。建物の高さと表面的な豪華をただ誇るようなタワーマンションとは違い、多くの財界人や文士が住むことで知られた街ならではの洗練とゆとり、細部まで意識の行き届いた清潔さが印象的だ。

ロビーに常駐する「執事」に待ち合わせの旨を伝えると、「ああ、杉田先生ですね」と返ってきた。高杉良は、本名を杉田某という。それは今作『破天荒』で高杉が自身を投影する主人公の名、杉田亮平と一字違いでもある。

妻に伴われてマンション応接室のソファに座った高杉は、快活に、大いに語る人だった。何十年も前のことさえ、まるでついさっき見てきたかのごとく活写して楽しそうに語る。あの時に誰々が何と言った、誰と誰がどうしたと、当時出会った人々の正確な名が、具体的な組織の固有名詞とともにあふれてくる。戦後経済界の表も裏も、すべての物語は彼の頭の中に刻み込まれているのだろう。

「僕はね、業界紙記者時代、取材の時にいっさいメモも録音も取らなかったんだよ。せいぜい会食の箸袋にちょちょっと書くくらい。相手は皆『君、何もメモしなくて大丈夫なの』って、びっくりしてね。全部ここ(頭の中)に入っているから」

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