高杉良82歳、経済の深淵を描き続けた男の快活人生 自伝「破天荒」は最後の作品になるかもしれない

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ファクトを扱って報じる新聞記事と、フィクションである小説とは、文章の発想も書き方もまるで違う。なぜ小説家・高杉良は生まれることができたのか。高杉は「最初から読者を意識して書くのが新聞記者で、小説家は自分の書きたいように書く、その違いはあるね。でも生意気なようだけど、僕には生まれながらにして小説を書く感性があったとしか言えないな。僕はきっとどんな人生を送っていたとしても、どこの新聞社にいたとしても、作家になっていたと思う」と答える。

「僕は、会話が書けるのが大きい。新聞記者時代に取材していても会話で入ってきた。もしかしてこれは小説で書くんだったら、こういうことだなとか。メモも取らないし録音もしないけれど、人の会話で記憶していくんですよ。だから僕の小説は、会話で話が進んでいくんです」。確かに、高杉作品はその会話のリアリティーや、現実のサラリーマンたちが思わず自分を重ねる等身大のキャラクターが、多くの読者をつかんできた。

二足のわらじを履きながらの執筆活動は10年程続いた。作家専業になってからの高杉の取材も、新聞記者時代同様に綿密なものだった。売れっ子作家の清水一行氏は、データマンやリサーチャーと呼ばれるライターに原稿料を払って取材をしてもらったものをベースに小説をまとめていた。初期の頃、編集者からデータマンを使いましょうと勧められた高杉は「それじゃ現場の空気がわからないし、自分が聞きたいことを聞けない」と断った。多作で知られる高杉が自ら取材に赴く創作姿勢には、各社の編集者たちも驚いたという。

暴力団にマークされた『金融腐食列島』

『金融腐食列島』シリーズは、これまで80作を超える著作の中でも、高杉の記憶に残る作品だそうだ。

「われながらよくぞという思いがありますよ。相当危ない思いもしていますからね、『金融腐蝕列島』は。土地がらみの裏取引なんかも詳細に書いているから、暴力団にマークされた。ポストに針金入りの封筒が入っていて、フロント企業の名前が書いてあって、『俺たちはお前の行動を見張っているぞ』という意味。僕はゴルフの5番アイアンを持って自宅付近をうろうろしたけど、それじゃ何にもならない。それで連載紙の社会部の方が警察のマル暴対策の刑事さんに伝えてくれて、1年間警察がパトロールしてくれた。振り返ってみると命懸けだったと思いますよ」

「その時はもう取材も執筆も夢中でのめりこんでいるから、自分ではよくわかっていないんだよね。人に『気をつけたほうがいい』と注意されて、『ああ、そうか』なんて」。好奇心の塊、そして得た知識がその場からみるみる小説になっていく、高杉らしいエピソードだ。

次ページ戦後経済と併走した高杉による「社会への提言」とは
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