「どれだけほれて、死んでいけるかじゃないの?」
学生時代から携わってきた映画を諦められない。何一つ保証などないけれど、自分の映画を撮りたい。映画の世界にどっぷりと浸かって生きたい。
のちに『幼な子われらに生まれ』(2017年8月公開)で、第41回モントリオール世界映画祭コンペティション部門審査員特別大賞など数々の賞を受賞した、日本を代表する現役女性監督としてその存在を知らしめることになる三島有紀子は、33歳のある日、当時数々の人気番組を担当するディレクターとして活躍していたNHKを辞めた。その背中を押したのは、ある事務所を経営してきた、30も年上の先輩女性がかけた言葉だった。
「人生ってさ、どれだけほれて、死んでいけるかじゃないの?」
恋人でも仕事でも、なんでもいい、強く愛せるものを見つけた。そんなときこそ、ひとは自分の全身全霊を惜しみなく注ぎ込む。一瞬も見逃すまいと両目を見開き、一音も聞き漏らすまいと両耳を傾け、身体感覚とこころを総動員して感じ、考え、吸収し、溶けるように同化していく。人間が最もクリエイティブになる瞬間だ。その瞬間をみすみす逃して、妥協して生きていくのか?
三島が相談を持ちかけた男性たちのほとんどが退局に反対する中、その先輩女性だけがハッパをかけた。「映画にほれ抜かなくて、どうすんの」。映画の世界にほれ込んでいるのに、自らブレーキをかけて飛び込んでいかないのは、自分を殺していくことだ。
心を決めた三島はNHKを飛び出した。その年齢で映画助監督となっても、本当に映画監督になれる確証なんてない。中にいたままだったなら一生食べさせてくれた、大きく安定した組織の外側、何もかもが不安定で不確定な映画の現場で、ただ「映画を愛している」という三島の気持ちだけが確かだった。
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