「大麻栽培を政府が奨励した」明治時代の特殊事情 教科書に「大麻の栽培方法」が書かれていた事も

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この頃農務省が中心となり、各地に農業試験場を設置し、大麻については生産統計の整備、品種改良、肥料、加工法、害虫などの栽培研究が行われました。

また、農林省が1925年に発行した「日本内地ニ於ケル主要工芸農産物要覧」には、繊維作物として「大麻」、油糧作物として「大麻子(麻の実)」が記されています。大麻は、国の主要な農作物として位置づけられていたのです。また、当時は学校の教科書にも大麻の栽培方法が記載されていました。

教科書に記載された大麻の栽培方法(画像:『日本人のための大麻の教科書 「古くて新しい農作物」の再発見』より)

1897年前後、全国の大麻の作付面積は2万5000ヘクタールにまで拡大していますが、以後減少していきました。その理由は、開国によって海外との貿易が盛んになり、輸入されたマニラ麻、ジュート麻、綿花が、大麻の大きな需要であった漁網や衣服に用いられたためです。

大麻は軍需品に欠かせなかった

大正時代から昭和初期にかけては、大麻は陸軍の軍馬の綱、海軍の艦船用ロープなど軍需品に用いられました。太平洋戦争下においては、日本は制海権を奪われ、マニラ麻などの輸入が途絶える状況となりました。すると大麻の需要は飛躍的に増えたため、日本各地で増産計画が立てられるなど、紆余曲折を経ました。

『日本人のための大麻の教科書 「古くて新しい農作物」の再発見』(イースト・プレス)書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。

そして敗戦のあと、1948年に大麻取締法が制定されました。農作物としての需要が激減するなか、1960年代には欧米を中心にベトナム戦争への反対運動などを契機としたヒッピー文化が隆盛し、マリファナ喫煙が流行。その影響は大麻を喫煙する習慣がなかった日本にも波及し、大麻には「違法な薬物」というイメージが定着することとなったのです。

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