益子直美さんがミズノの大会に違和感を抱く訳 「怒ってはいけない」同じ大会名でもこうも違う

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そのようなことを取材の際に説明させてもらったが、ミズノの担当者は「勝利至上主義的なところは出てくるが、理念であったり、大会のタイトルであったりで伝えていきたい」という答えだった。構想の段階だが、全国大会はミズノの社員が、怒った監督にイエローカードを出すことも考えているそうだ。

とはいえ、指導者の怒りを、そんなに簡単に扱えるものだろうか。

2013年に発覚した大阪市の高校バスケットボール部員が顧問のパワハラを苦に自死した事件を機に、教育界とスポーツ界は暴力根絶を本格的に掲げるようになった。各スポーツが独自の取り組みを進め、8年経った今、身体的な有形暴力は減ってきた。その一方で、そのぶん暴言や精神的に追い詰めるパワーハラスメントに移行しているとも言われる。

例えば、日本サッカー協会が設ける「暴力等根絶相談窓口」に寄せられる相談の多くは、「小学生」にかかわるものだ。そしてその内容は、2014年度の85件のうち「直接的暴力」33件で、「暴言威嚇行為等」が18件だった(ほかはチームの問題など)が、5年後の2019年は247件のうち、暴力43件、暴言威嚇127件。暴言が、暴力を逆転し大幅に増えている。

これは進化ではなく、単なる変容だ。数ある競技団体のなかで暴力やハラスメント根絶がもっとも進んでいると言われるサッカーでさえ、「怒るコーチ」の対処に手を焼いている。指導者の問題は根深いのだ。

その意味で、ミズノが企画した怒らない大会の「軽さ」が際立って感じられてしまった。

実情への深い理解を

もちろん、ミズノという大手スポーツメーカーが「怒らない指導を」と呼びかけたことは、意義がある。一度交代しても再度出場できるリエントリー制度や、ユニフォームなしでOKなルールであるなど、参加者のハードルが下がり好感が持てる。それだけに、もっとスポーツ界の暴力問題の実情に照らし合わせた大会内容を考えられなかったのかと残念だった。

気軽に「怒らない」と言えるほど問題は軽くない。大会名だけ使うような姿勢ではこの問題は解決しないことを、業界全体がもっと認識する必要があるのではないか。

島沢 優子 フリーライター

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しまざわ ゆうこ / Yuko Simazawa

日本文藝家協会会員。筑波大学卒業後、広告代理店勤務、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。主に週刊誌『AERA』やネットニュースで、スポーツや教育関係等をフィールドに執筆。

著書に『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』(カンゼン)、『部活があぶない』(講談社現代新書)、『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』(小学館)など多数。

 

 

 

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