遺伝学の劇的進歩が可能にする「老いなき世界」 医療未来学者が解説する「老化を治療する」科学

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そういった状況を踏まえたうえで、シンクレア教授は、老化とは本質的に「情報の喪失」、より正確には「エピゲノム情報の喪失」であると主張します。

『LIFESPAN』では、ゲノムをコンピューターにおけるハードウェアに、エピゲノムをソフトウェアにたとえています。あるいは、ゲノムはピアノ、エピゲノムはピアニストという比喩も用いられています。比喩には正確さを犠牲にする部分がありますが、じつにわかりやすいたとえと言えるでしょう。

生体の情報には大まかに2種類あります。1つは「A、G、C、T」という4種類のデジタルな遺伝子情報、つまりゲノム情報で、もう1つはさらに上流で制御する「アナログな」情報、つまりエピゲノム情報です。

このエピゲノム(epigenome。epi-はepithelium[上皮]などに使われるラテン語の接頭辞で、上位を指す)が、ゲノム情報を制御します。

DNAの中にある遺伝子情報が老化や抗老化に関連するプロセスを細かく記述していますが、その遺伝子情報を「今回は読み飛ばして!」とか「そこは例外的に繰り返して!」などとエピゲノムが指示しているのです。

ゲノム情報によって、老化に限らず、がんの素因や遺伝性神経疾患の発生に関わる条件などが規定されている訳ですが、それをさらに上流で操っている存在がエピゲノムというわけです。

老化の原因となる複数の犯人は、「クロマチン」という名前で呼ばれる、参謀本部に居座るエピゲノムによって、指図されるがままに動くのです。

ゲノムがすべてを決めるわけではない

つまり、ゲノムは重要な情報ではあるけれど、「ゲノムがすべてを決める」わけではないのです。

このエピゲノムの研究は始まったばかりで、聞きなれない方も多いかもしれません。

この50年、ゲノム解析という分野は画期的な進歩を遂げ、人類はそれをほぼわがものにしました。しかし、ゲノム研究が進んで、ある意味でゲノムが「まる裸に」された状態になっても、まだまだ説明しきれない現象がたくさんあることを、科学者は思い知らされます。

先ほどの推理小説のたとえでいえば、未解決の難事件に、ようやく「エピゲノム」という新たな糸口が見つかったとも言えるでしょう。

老化をコントロールするという点では、食事、生活リズム、運動習慣などがエピゲノムによる制御に関連していることが判明しつつあります。これらのエピゲノム要素が、遺伝子そのものよりも老化に大きく関与しているかもしれないのです。

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