「劇的にまずい」レッドブルが大ヒットした理由 潜在意識のハッキングとプラシーボ効果の力
結果は明確な傾向を示した。誰もが完全に同じ飲み物を摂取したにもかかわらず、「ウォッカレッドブルカクテルのグループ」はほかの集団よりも酔っていると感じ、いっそうリスクを冒す気になっていて、女性を口説く場合にはより自信に満ちていた。
さらに、エナジードリンクとアルコールを混ぜたものを飲むとリスクを冒す気になり、抑制が減ると信じていた男性のほうに、影響がより強く表れていた。
これは行動の変化が飲料の配合によるものではなく、それが自分に与えると信じているものによることを暗示している。このグループがいっそうリスク回避をする気になった分野は車の運転に関するものだった――またしても、飲料の実際の影響に基づくのではなく、その飲料をどう認識するかに基づいた言動である。
贅沢品の大部分は「気分を変える」もの
ピエール・シャンドンによれば、「レッドブル、翼を授ける」のスローガンや、スポンサーになっている、危険をはらんだスポーツ競技を通じてのレッドブルのブランディングは、人々が製品を買うかどうかを決定するだけでなく、カクテルに入っているときにその名前にどう反応するか、その影響をどう解釈するかも決定づけるだろうということだ。
このことから製薬会社が学べる教訓はあるだろうか? たとえば、子どもにとって安全なキャップをつけた容器に薬剤を入れるだけでなく、ダイヤル錠付きの金属容器に薬を保管することを製薬会社は主張してもいいのではないか?
なんといっても、容器の中身がとくに有害だとか効き目のあるものでなくても、人間の心の中にいる猿はそれが有害だとか効き目があると推測するのだ――前頭前皮質がこの決定に少しも関係ないことを覚えておいてほしい。あるプラシーボが効果的かどうかを決めるのは、この猿だけなのだ。
人の気分を変える物質――アルコール、コーヒー、紅茶、タバコ、そして娯楽――を売ることで存在している5つの巨大な業界に、プラシーボ業界を加えるべきだろうか?
なにしろ、ここまで述べた方法で説明できるのは化粧品の購入だけではないのだ――大量消費主義の大部分が同様のことを達成するために設計されていると、私は強く主張したい。
事実、贅沢品の支出の大半はこのようにしか説明できない――人々がお互いに自分を印象づけることを求めているか、自分を自分に印象づけることを求めているかのどちらかなのだ。ほぼすべてのものが、気分を変える物質ではないだろうか?
(翻訳:金井真弓)
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