滝鼻:山折さんの話で思い出したことがあります。1976年にカナダのモントリオールでオリンピックが開かれましたが、ご存じのようにカナダはイギリスの旧植民地です。IOCの憲章では、オリンピックの開会宣言は元首がやることになっていますので、当時、「カナダにおける元首は誰か」が大議論になりました。この議論を、私はオリンピックの2カ月前からカナダに入って現地で見てきました。
当時、カナダの総理大臣はピエール・トルドーで、政府も彼に開会宣言をしてもらうつもりでした。しかし、イギリスのアン王女(馬術競技で出場)を応援するために、エリザベス女王がモントリオールに来ることになり、カナダ政府は困ったのです。エリザベス女王のいる横で、旧イギリス大英帝国の傘下にあったカナダの総理大臣が、オリンピックの開会宣言をしていいものだろうか、と。
山折:それは、面白いですね。
滝鼻:現地の新聞でも喧々囂々(けんけんごうごう)の議論になりましたが、結論から言うと、最終的にはトルドーが引いて、エリザベス女王が開会宣言をしました。カナダは独立国であり、民主的な総選挙によって総理大臣を選んでいるけれども、国家元首は、あくまでイギリス連邦の元首であるエリザベス女王だというのがその理由です。
ただ、アメリカの新聞は納得せず、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストは「それはおかしい。なぜトルドーがやらないんだ。カナダは主権国家なのか」と批判していました。
私はそういう経験もあるだけに、集団的自衛権や憲法9条の問題の前に議論することがあるだろうという山折さんの意見が理解できます。これほど重要な問題を、ジャーナリズムが見て見ぬふりをしているのは、事実だと思います。
山折:将来、エリザベス女王が亡くなったときに、日本のジャーナリズムはそうした論点にしっかり触れるのかどうか。そこにとても興味があります。
(撮影:梅谷秀司)
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