日本のジャーナリズムには教養が足りない 対談 山折哲雄×滝鼻卓雄 (その1)

✎ 1〜 ✎ 16 ✎ 17 ✎ 18 ✎ 最新
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

マンデラ死去に対する報道への不満

滝鼻卓雄(たきはな・たくお)
1939年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、読売新聞社に入社。論説委員、法務室長、社会部長、総務局長などを経て、2004年1月に読売新聞東京本社代表取締役社長兼編集主幹に就任。同年8月より、読売巨人軍オーナーを兼任。東京本社会長、相談役を歴任。著書に『新しい法律記事の読み方』(ぎょうせい・共著)、『新・法と新聞』(日本新聞協会・共著)がある。

山折:少し具体例を出してみます。南アフリカのネルソン・マンデラ氏が亡くなったときの日本のマスコミの報道に、私は大いなる不満を感じました。

ひとつ目には、あの追悼式に世界各国の首脳クラスが集結しましたが、日本からは皇太子がおひとりでポツンと出席されていた。福田康夫元首相が付き添ってはいましたが、メディアにも現れないし、談話も残していません。なぜあれほど重要な世界の舞台に、安倍首相が出て行って、日本の立場を主張しなかったのか。そうした批評をする記事が、どのメディアにもありませんでした。

2つ目に、マンデラ氏はアパルトヘイトを撤回させて、白人と黒人が平等に扱われる国家を作り上げましたが、彼の運動の根幹には、マハトマ・ガンジーの非暴力思想があります。しかし、そのことを指摘したメディアがほとんどなかった。唯一、読売新聞だけが、わずかにガンジーに言及していたことは高く評価しますが、それでも、ガンジーからルーサー・キングに伝えられた非暴力思想の運動が市民権運動につながり、その延長線上にオバマ大統領が登場したことまでは触れられていません。あれだけ大きく世界に貢献したガンジーとの関連性、重要性を伝える調査報道がどの新聞にも見られなかった。これは絶望的な話です。こういう観点が、今の日本のメディアには欠けています。

3つ目に、「現実のアフリカ」を伝える報道が乏しかった。今、アフリカでは、マンデラ氏の偉大な仕事を裏切るような事件が続発しています。そうした事件は個別には各新聞で報道されていますが、全体の流れの中で報道する調査報道がありませんでした。

滝鼻:マンデラ氏が亡くなったニュースを、点でとらえるのではなく、ガンジーから始まってキング牧師、そしてマンデラ氏につながる非暴力思想の系譜で捉えれば、新しいニュースの価値が生まれて、クリエーティブなニュースになるはずです。それなのに、マンデラ氏だけに光を当ててしまう。これだけ世界が混沌として明日の世界が見えない中で、偉大な3人の人物を線状につなげなかったところに、現在のジャーナリズムの怠慢というか、質の低下があるように思います。

わが身を振り返ってみても、その3人をつなぐことができなかった背景には、根本的な教養の不足があるのではないでしょうか。

山折:そういう問題はあります。

滝鼻:すべての新聞記者に、山折さんのような教養を求めるのは酷ですが、そうしたニュースのつながりを発想するには、ある程度、歴史を知ることが必要になります。それから、非暴力、あるいは、暴力、戦争についてつねに関心を持っておく。それらを連続的に考える日常的な教養がないと、調査報道という形でニュースをつくるのは難しい。

山折:やはり体験が必要です。私はたまたまインドを研究対象にしていたので、現地を何度も訪れています。そうした体験があるのは大きいでしょう。

次ページ集団的自衛権の議論より大事なこと
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事