がん経験を「関西の笑い」に包む43歳男性の人生 34歳での発症から9年目での挑戦

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がん経験者の立場で考えれば、よりわかりやすい。病気や自分の命、妻と子供の将来や仕事のことなど、考え始めれば悩みは尽きない。

「そんなモヤモヤした気持ちを、合理的に分析されても何の解決にもならないし、うれしくもない。むしろ、そのモヤモヤをこそ受け止めて、『いろいろと大変やなぁ』と肯定してくれる人の存在こそが、ありがたいわけです」

ちょうどその頃、3歳になった愛娘が撮った写真にも、彼は心を揺さぶられた。大人では気づかないような高さで咲く花々や、ど迫力のベンチが写っていて、「身長約80㎝の彼女だけの景色」がそこにあった。

「そうか、娘の写真みたいにがんになった自分だからこそ見える景色を、誰かを幸せにする価値に変えられるんじゃないか。少しずつですが自分なりに病気を受け止め、前向きに考えられるようになっていきました」(谷島さん)

彼は「ダカラコソクリエイト」を2015年に立ち上げた。第二の変化だ。その約5年後のコロナ禍の社会に差し出された、ニャ助とパ次郎のゆるかわイラストの起点には、谷島さんの怒りと悔しさと気づきがある。

生きづらさをたしなむバーを始めた理由

「がんの経験を新しい価値に変えて社会の役に立てるというと、先の『ニャ助とパ次郎』みたいに、医療者やメディアに喜ばれるものになりがちです。でも、がん経験者は社会には必要とされない、モヤモヤした悩みや感情もつねに抱えています。それらを吐き出せる場も必要じゃないか、と」

カラクリ始動約4年後の谷島さんの気づきだった。そのモヤモヤとは「妻(あるいは夫)にがんについてもっと勉強してほしいけど、どう話せばいいのか」や、「子どもにがんのことを、いつ、どう伝えればいいのか」など、必ずしも正解がひとつではないものも多い。

「がん医療の進歩に伴い、『がん=死』ではなく、がんと付き合っていく時代になりつつある。人生が長くなる分、仕事や家庭や子育て、15歳から39歳までのAYA(思春期・若年成人)世代なら、学業や恋愛、就職や就労などについての将来不安が、より大きな問題になりつつあります」(谷島さん)

2019年9月、彼は大阪市内に不定期バー「カラクリLab.(ラボ)」を開いた。「Lab.」は「実験室」を意味する英語の略称。彼いわく「がんを語らなくてもいいし、隠さなくてもいい場所」だ。

「僕個人の経験値から伝えられることもあれば、相手の悩みに応じて、『こんな市民講座があるからご主人と参加してみたら?』とか、『このがん情報サービスにアクセスしたらどうですか?』とかね。僕にとって当たり前のことでも、意外と他人の役に立てることがあるんですよ」(谷島さん)

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