もしアップルがiPadを先に売っていたら? 第1回 イノベーションの基礎を学ぶ

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もしタブレットが先であれば、市場はどうなったであろうか。商流(部品製造から小売りまで)は、これまでのパソコンと同じだったはずだ。そうであれば、iPadと似た様なタブレット端末を他社でも簡単に開発できるだろうし、おそらくマイクロソフトは豊富なアプリを武器に商流全体を支配したままだったかも知れない。

しかし、アップルは従来の商流に頼らない、新ルートを開拓した。スマートフォンは携帯電話端末という位置付けであり、通信会社と提携して販売したのだ。さらにインターネットに常時接続できるため、AppStoreというマーケットプレイスを実現。自社ソフト以外のものを販売して利用させる仕組みを作った。そしてインターネットを通じてサービスを利用するモデルができあがる。ちなみに、このAppstoreという商標はセールスフォースが保有し、活用していたものだが、マーク・ベニオフは無償でアップルに譲渡した。

新しい販売経路を作っただけでなく、アプリをインターネットを通じて販売・使用させる形態を確立したことにより、iPhoneは独自の生態系になったわけだ。様々な生物が共存し、価値連鎖をもたらすのが生態系だが、価値連鎖を非常に短期間に実現したといえるだろう。

iPhoneの後に投入したiPadの成功もご承知のとおり。これは、電話端末としてのiPhoneから電話機能を取り除き、画面サイズを縦横それぞれ2倍に大きくしただけのものだ。既存の法人向けの業務アプリでは、未だにアップルはマイクロソフトに劣るだろうが、それでもかなり法人にも浸透してきている。これは、「携帯電話の販売ルート」「携帯電話のソフト流通ルート」という、これまでマイクロソフトが強い支配力を持っていたパソコンから距離の離れた市場から攻め入ったからこそ、できたことだ。

販売面以外でも、iPhoneを先に出したメリットは大きかった。まずはiPhoneを成功させることに集中。数年の間に、莫大な数量を取り扱うようになった。これにより部品を調達する際の優位性が高まった。部品コストを引き下げることによってiPadを破格の価格設定にできたのも大きなイノベーションだった。

もし、iPadが先だったら、そして単なる最先端テクノロジーの機器として市場に投入していたら、どうなっただろうか。今日のアップルの株式時価総額はまったく違っていただろう。「iPhone+AppStore+携帯電話会社」という新しい販売ルートを生み出し、後になってからiPadを破格な価格設定で投入したことで、大成功を収めたのである。

これが典型的なイノベーションだと思う。とは、一つの優れた製品やサービスだけではなく、全体のシステムを作ることこそがイノベーションなのである。

イノベーションとソリューションは相容れない概念

アップルの成功は、様々な施策の組み合わせで成り立っている。しかし、この流れの中に、IT業界で頻繁に使われる「ソリューション(問題解決)」という言葉は出てこない。アップルは問題を解決することで今日の成長を実現した訳ではなく、まさに新しいシステムを別の場所に生みだすことでdisruptive innovationを実現したと言うことだろう。

つまり、「ソリューション」という概念は、「イノベーション」とは、相容れない概念だと思う。次回以降はイノベーションとソリューションの違い、リーダーとマネジメントとの違いなどについて説明していきたい。

宇陀 栄次 米セールスフォース・ドットコムEVP(上席副社長)

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うだ えいじ

1956年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、日本IBMに入社し、営業部長、社長補佐、製品事業部長、理事情報サービス産業事業部長、IBM AP Directorなどを歴任。2001年4月ソフトバンク・コマースの代表取締役社長を経て、2004年3月に米国セールスフォース・ドットコムの上級副社長に就任。同年4月よりセールスフォース・ドットコム日本法人の社長も兼務し、2014年4月より同社の取締役 相談役に就任。米国 salesforce.com Executive Vice President。

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