浮気夫から裁縫上手の妻へ「3通の失礼な手紙」 「蜻蛉日記」仕立てをめぐる話で見えたもの

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かろうじて関係が続いているものの、兼家の訪問が途切れがちで、ほとんど姿を見せていない。亡くなったのは彼の実の叔父に当たる人のようで、身内なだけに、いろいろ大変だったと思われる半面、その言葉は何となく言い訳がましく聞こえる。

恋人たちのコミュニケーションに欠かせない和歌が添えられているわけでもなく、送られてきたのは、なんの変哲もない紙の切れ端に記された、ただの走り書きのメモだ。言葉に魂を注いでいるみっちゃんにとっては、ぞんざいすぎる扱いである。

そして、ライバルからの依頼があった際に、みっちゃんが他人と相談したり、少しばかりの心の迷いを見せていたものの、今回は「いとあさましき」という簡潔な表現で自らの気持ちを表している。ただ単に、あきれた、と。

主人と召使いを彷彿とさせる会話に

【みっちゃんを怒らせた失礼な仕立てのお願いその3】

ついに無言の戦いに拍車がかかる。

さて、二十日余にこの月もなりぬれど、あと絶えたり。あさましさは、「これして」とて冬のものあり。「御文ありつるは、はや落ちにけり」と言へば、「おろかなるやうなり。返りごとせぬにてあらむ」とて、何事ともえ知らでやみぬ。ありしものどもはして、文もんなくてものしつ。
【イザ流圧倒的訳】
そして、この月も20日過ぎになってしまったけれど、相変わらず訪問なし。あきれたことに「これやっておいて」とか言って冬物を頼んできた。お使いの人が「手紙は確かにあった気がするけど、落としちゃったかも」と言うので、「ひどいわ! じゃあ私も何も送らないでおこう」と言ってやった。あの手紙に何が書いてあったのだろう。頼まれたものは仕立てて、一言もつけないで送り返した。

こちらは日記の最後のほうからの引用だが、兼家とみっちゃんの夫婦関係がすっかり破綻している。訪問は完全になくなり、形式的なやりとりだけが続いている危機的状態。

先の2つ目のエピソードでは、すでに乱暴な頼み方になっていたとはいえ、一応ちょっとした説明がついていた。しかし、今回の兼家の言葉はただ単に「これして」との伝聞になっており、極端に短いうえに、気持ちが微塵とも感じられない無味乾燥な言い方だ。2人はかつて愛し合っていた仲なのに、今や主人と召使いのやりとりを彷彿させるような会話しか交わせなくなった。

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