驚いたのは、悠さんが養親から養子であることを告げられた時期でした。
「いつだと思いますか? 10歳。早くてびっくりしました。よくパスポートを取るときに戸籍を取り寄せて『あれ?』となる、みたいな話を聞きますよね。あとは子どもの気持ちが離れてしまうことが心配で、本当のことを一生教えない人もいるって聞きますけど、それをよく10歳で教えたな、って。
それを聞いて、本当に子どものことを考えている、いいご家庭に引き取られたんだなって思いました。教えるのが遅くなるほど、子どもが悩む時間や葛藤は大きくなると思うし、たまたま知ったりしたらショックが大きい。そういう形で知られるぐらいだったら、自分たちで早くから教えよう、というふうに思ったのかなと」
しかも悠さんはこの日、血縁の母である直美さんと会っていることを「親(養親)は知っている」と話していたそう。信頼が厚い親子なのでしょう。
ただ直美さんのほうは、これを機に「改めて自己嫌悪に陥った」といいます。悠さんにいろいろと質問されて、長年悩ませてきてしまったことを感じたからです。またこのとき、「歯切れの悪い応え」しかできず、「誠実に応じられなかった」とも思っているようです。
はっきりとは言えない事情
「子どもからはやっぱり相手のこと、自分の父親のことを聞かれて。『どういう人なんですか? 好きで付き合っていたんですか?』って。『まあ相手の人とはね、仲はよかったけれど、付き合っていたわけじゃなくて。そんなこと言われたら嫌よね、ごめんなさいね』と言って。ただ、望まない妊娠ではあったけれど、私が『産んでよかった』と思っていることは、うそではないので……」
本当のことを伝えたら子どもは悲しむかもしれないけれど、でもうそをつくのも誠実ではありません。もし直美さんがうそをついても、おそらく悠さんは気付いたことでしょう。歯切れが悪くても、言葉を選んで事実を伝えた直美さんを、筆者は誠実だろうと感じます。
別れ際、悠さんは「ちょっとだけ涙を浮かべていた」そう。
その後も直美さんは悠さんとときどきメッセンジャーでやりとりをして、2回ほど会ったといいます。ただ、メッセージを送ってもすぐに返信が来ないこともあるので、「そんなに頻繁に連絡を取りたいわけではないのかな?」と考えることもあり、「生物学上の母ではあるものの、距離感に悩む」と話します。
直美さんがいまは結婚しており、子ども――悠さんにとっては父親違いのきょうだい――がいることを伝えると、悠さんは「いつか会いたい」と言っていたそう。機会を見て、いつかふたりを会わせるつもりでいるようです。
なお、直美さんは取材中ずっと、悠さんが生みの母親である自分の過去をどう受け止めるかを、とても気にしていました。筆者には少し心配し過ぎのようにも感じられましたが、実際にどう感じるかは悠さん本人にしかわからないことです。
直美さんがこの日筆者に話してくれたことは、本当はみんな、悠さんに伝えたかったことなのかもしれません。
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