努力が嫌い。努力でうまくいくことはない 為末大 元プロ陸上選手の好き嫌い(上)

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人に指示をすることが大嫌い

楠木:でも、人から指示されること以上に嫌いなことがあります。それは、人に指示をすること。為末さんはどうですか?

為末:僕も嫌いです。自分と同じものを相手に投影すること自体が、相手が嫌がることなんじゃないか、と僕のほうが思ってしまうので。

楠木:いやー、同じだなあ。僕は走らないけど、すごく共感します。初めてお会いした気がしません(笑)。人の考え方とか行動に、影響力を及ぼすのが嫌いなのです。人それぞれ、まったく違うのに、自分の考えを押しつけてしまうことは、ホントに嫌いですね。ただ、為末さんは今、子どもにかけっこなどを教えているということですが、そういう教育の現場では教えることに関してどうなさっているのですか。

為末:そこはなかなか難しいところです。子どもたちの親御さんたちからは、「型」を教えてほしいと言われることがほとんどです。しかし、同じ体型の人が存在しない以上、ひとつの走る型が全員に通用することはないのです。僕は、ある型があったとして、そこにたどり着くまでの考え方を教えたいと思っています。正しく足を動かすということはどういうことなのか、という内側のところを理解してもらいたいのですが。

楠木:どうしても、教えてもらうほうはすぐに効果が出る「型」や「ベストプラクティス」を求めてしまいますからね。でも、誰にでも通用するベストプラクティスなんて存在しない。そんなものがあれば誰も悩まないわけだから。ちょっと、せっかちな人が多すぎる気がします。自分のやり方というのは、時間をかけてやっていくうちに、徐々に型になっていくものでしょう。

為末:型に縛られるというのは、プロのアスリートでも往々にしてあることです。メダルを取ったりとか、大きな成果が出たときなど、その成功体験に縛られる人が多いのです。たとえば、メダルを取った理由として、本番の3日前に食べたもののおかげだとか、本気で思っている人がいます。これなどは、再現をしても成功するかどうかまったく根拠がないもので、いわゆる「ジンクス」のたぐいなのですが、成功体験に縛られてしまうと、それを「戦略」として語ってしまうんですね。成功した理由というのは、複雑すぎてわからないものなのですが、アスリートの心理というのは厄介な部分があって、「型」にとらわれてしまうと、ジンクスに属するものを、根拠のあるハウツーと考えてしまう傾向があるといえます。

楠木:そこはビジネスの世界でもまったく同じですね。経営手法については、さまざまな理論があり、そうしたものをベースにして「科学的なアプローチ」は可能です。しかし、経営に関する理論自体は再現性がないため、科学ではない。あくまでも「科学的」にとどまる。過去に成功事例があっても、それは1回性のもので、その成功というのは、そのときのあらゆる要素の組み合わせの結果、生まれたものなのです。そこを誤解してしまうと、うまくいかないときに、いろいろな問題が生じてしまう。経営はそうした前提を認識したうえで、なんとかやっていくしかないのです。

為末:楠木さんも大学では教える立場だと思いますが、「人に指示をするのが嫌いにもかかわらず、人に教えなきゃいけない」ということを、どう両立させているのですか?

楠木:基本的なスタンスとしては、教えるのではなく、気に入ったら受け入れてもらう、という感じですね。押しつけるのではなく、聞く側の学生に、「ふーん、そういう考えもあるのか」と受け取ってもらえたらいいな、と。僕は、自分の仕事をわりと「嗜好品」だと思っていて、お客さん――僕の場合は学生だったり経営者だったりするのですが、そうした人たちに僕の考えていることを伝えて、「そうか、その線で考えてみるか……」と受け入れてもらえたらOK。お客さんが喜ばなかったら、それはそれでしょうがないと。

(構成:松岡賢治、撮影:梅谷秀司)

楠木教授の新刊はコチラ→『「好き嫌い」と経営』(6月27日発売予定)

楠木 建 一橋ビジネススクール特任教授

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くすのき けん / Ken Kusunoki

1964年東京都生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より一橋ビジネススクール教授。2023年から現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社+α新書)のほか、近著に『経営読書記録(表・裏)』(日本経済新聞出版)などがある。

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