本格的な評伝や自身による回想録を別にすれば、経営者の好き嫌いは、外部からはなかなかわからない。その人の「好き嫌い」に焦点を絞って経営者の方々と話をしてみようというのが、この対談の趣旨である。この企画の背後にある期待は3つある。
第1に、「好きこそ物の上手なれ」。優れた経営者やリーダーは、何ゆえ成果を出しているのか。いろいろな理由があるだろうが、その中核には「自分が好きなことをやっている」もしくは「自分が好きなやり方でやっている」ということがあるはずだ。これが、多くの経営者を観察してきた僕の私見である。
第2に、戦略における直観の重要性である。優れた経営者を見ていると、重要な戦略的意思決定ほど、理屈では割り切れない直観に根差していることが実に多い。直観は「センス」と言ってもよい。ある人にはあるが、ない人にはまるでない。
第3に、これは僕の個人的な考えなのだが、好き嫌いについて人の話を聞くのは単純に面白いということがある。人と話して面白いということは、多くの場合、その人の好き嫌いとかかわっているものだ。 こうした好き嫌いの対話を通じて、戦略や経営を考えるときに避けて通れない直観とその源泉に迫ってみたい。対談の第8回は、元プロ陸上選手の為末大さんをお招きしてお話を伺った。
※対談(上)はこちら:「努力が嫌い。努力でうまくいくことはない」
考えたことを他人に理解してもらうことが好き
楠木:為末さんは、現役時代はアスリートとして、人から押しつけられず、人にも押しつけず、自由にやってきた。そこに共感するのですが、僕の仕事は、好きなときに論文を書いたり、本を出したりとか、とことん自由で気楽です。しかも、気に入ってくれる人だけに届けばいいという性質です。それに対してアスリートというのは、タイムで測定ができて、オリンピックの金メダルから始まる明確なランク付けがある。きわめて明確な勝敗の基準とルールがあるという点で、ビジネスよりも自由度がない。かなり特殊で厳しい世界です。特に陸上競技は結果がメダルかそれ以外かみたいな面が顕著ですし、自分が走りたいと思っても、オリンピックは4年に1回とか決まっています。僕が守らなきゃいけないルールなんて、法律ぐらいですから(笑)。そんな厳しい世界で結果を出すことを課せられたアスリートの喜びというのは、どういうものですか?
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